第116話 伯爵夫人と伯爵と国王

 私はシャールに倣って、国王の前での仕草をとる。

 こちらも五百年前とさほど変わらない礼儀作法だ。


 テット王国の国王は、いかにもという感じの中年男性だった。以前のパーティーの際に遠目から見たことがある。

 この国王は妻も子もいるが、まだしばらく代替わりはしないだろう。

 同じ母を持つ王子たちは、いずれも幼い子供だ。


 コホンと咳払いした国王は、威厳を感じさせる声音でシャールに話しかける。


「本日そなたたちを呼び出したのは、レーヴルでの件について聞くためだ」


 重々しく国王が告げると、シャールが無愛想な声で言った。


「それなら、事前に報告書を上げているはずだが」

「わざわざ夫人を指名してレーヴルへ招待した理由はなんだったんだ?」


 シャールは少し考え、国王の問いかけに答えた。


「昔世話になった知り合いに妻が似ていたらしい、別人だったがな。第一王子は気まぐれな性格のようだ」


 向こうから歓迎され、つつがなく過ごしたこともシャールは報告している。


「特に問題なく過ごせている。向こうの心証もよく、外交は成功に終わった。話がそれだけなら帰るぞ」


 国王を前にしても、シャールは割と言いたい放題だった。

 メルキュール家は伯爵家として、国王の命令には基本従わなければならないという。

 国王もまだ魔法の力を恐れているため、シャールにあまり強く出られないようだ。


「時に、メルキュール伯爵。そなたは最近時間に余裕があるようだな。なんでも、いつも屋敷にいるとか」

「どこのガセ情報だそれは。討伐依頼は受けているし、結果も報告を上げているだろうが。城の役人共は事実確認もできない能なしばかりなのか」


 どことなく、今の国王の口調には責めるような響きが含まれており、それに反応したシャールの口の悪さが加速している。


(シャールが怒る気持ちもわかるわ)


 転移魔法が使えるようになったのと、新たな攻撃魔法を覚えたから、そのぶんかかる時間が減っただけ。

 そうしてできた時間は、それぞれが屋敷で好きに過ごしている。国王に文句をつけられる筋合いはない。

 シャールには魔獣討伐だけでなく伯爵としての役目もあるし、双子だって学舎の子供たちを見なければならない。

 なにより、彼らには休みが必要だった。


 魔獣討伐や大規模な悪人の捕縛など、どうしても魔法使いが必要だというような大変な依頼は昨今ではほぼない。

 実際に話を聞いて知ったが、大半がくだらない些細なことでシャールを呼びつけるパターンだった。

 パーティーに魔法使いを呼んだほうが箔がつくとか、些事でも魔法使いのほうが早く処理できるとか、禄に調べもせず魔獣が怖いから見て欲しいとか……。


 中には、現場に向かったが魔獣はおらず、年頃の令嬢が立っていた、などというふざけた依頼も多かったらしい。


 国王の話はまだ終わっていない。

 静かな謁見室の中で、私は注意深く彼らの話に耳を傾けた。

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