第109話 平穏な村の小さな魔女4

 初めて体験する転移魔法で飛んだ先は、天井が高い木造の、見知らぬ家の中だった。

 壁には乾燥させた植物がたくさんつるされていて、棚には見たこともない色とりどりの鉱物が並んでいる。


「ここ、どこ?」

「王都にある私の家……兼、店ですよ」

「今の魔法、私も使ってみていい?」

「あとにしてください。変な場所に飛ばれては回収が面倒です」


 フィーニスは私に店の椅子に座るよう指示する。私は大人しく従った。

 まだまだ聞きたいことがたくさんある。


「村の人、喜んでたわね」


 仕方がないのだと割り切りつつも、声に若干恨みがましさが混じってしまった。

 それに気づいたフィーニスは、近くの棚を弄りながら表情を変えずに告げる。


「村の者たちはまだ良心的ですよ。お前を恐れはすれど、利用しようとは考えなかったのだから」

「利用……?」

「ええ、お前を騙して利用すれば、あの村はもっと豊かになる。村人が報復を恐れる臆病者ばかりで助かりましたね」


 そう言われても複雑な心境だ。


「ああ、ありました。前に返品された売り物」

「返品?」

「貴族の子供用のお忍び服だったのですが、魔法機能を盛り込みすぎました。高額すぎる上に子供が使いこなせないと」

「ふぅん」


 村の服だと都会では浮くらしいので、私は渡されたローブに着替えた。

 紺色の少し大きなローブには、身を守るための多様な魔法が施されているのだとか。


 それからというもの、フィーニスは私に様々な雑用を言いつけた。

 だが、そのどれもが私にとって新鮮で、毎日楽しみながら店番や薬品作りに精を出した。

 彼女の研究はと言うと、とりあえず私を観察するだけらしい。

 変な実験をされるなどではなく、私は至って普通に扱われている。


 村にいたときよりも厚遇されている。

 家の各所に魔法アイテムの道具があり、家事は最低限でいいし生活にも困らない。


 文字を知りたいと言えば教師を雇ってくれたし、魔法書も自由に読ませてくれた。

 最初は渋っていたが、こういう魔法を覚えたいと頼めば、そのうち教えてくれるようになった。

 どうやらフィーニスは、私が魔法をたくさん覚えた方が、自分の仕事が減ることに気づいたらしい。


 もちろん、私は自分自身でも数多くの魔法を生みだした。

 やりたい放題できるし、村にいたときとは逆でやればやるほど周囲から褒められた。


 生活面でも不自由はなかった。

 フィーニスは料理が得意ではないらしかったが、私にために「子供用の食事」とやらを作ってくれた。かなり独特の味だ。

 だが、実の母親の料理も生野菜や品質の悪い果物がメインだったので、特に気にならない。


 そのほか、彼女は全てにおいて私の自主性を重んじてくれた。

 ピンクウサギを飼い始めたときも、私の行動を興味深そうに眺めているだけだったし、特に反対しなかった。


 フィーニスは口で私を子供だと言うが、子供扱いはしない。

 それが心地いい。


 いつの間にか、私は彼女の実験対象ではなく、弟子に格上げされた。

 そうして、私は十二歳で彼女から独立し、三人の弟子を取って一人前の魔女になったのだ。

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