第108話 平穏な村の小さな魔女3
「アレは……アンはどこだ!」
「くそっ、いつもは無駄に目立っているばかりのくせに。こんな大事なときに一体どこに行っている!?」
村の近くまで来ると、大人たちが私を探して怒鳴っている声が聞こえた。
(まーた、お説教?)
うんざりしていると、村人の一人が私を見つけて叫ぶ。
「いたぞ、アンだ!」
「うげ……」
逃げだそうとすると、別の一人も声を張り上げた。
「こっちへ来い! 村長が探している!」
「村長が……?」
やはりお説教かと思ったが、村人たちの様子がおかしい。何かあったのだろうか。
「早くしろ。村長の客が、お前に会いたがっているんだと」
大人たちに押し切られた私は、訳がわからないまま村長の家へ連行された。
(まあいいか、まずくなったら逃げましょう)
中へ通された私は、覚悟して村長と向き合う。
村長宅には他に奥さんと客人がおり、二人とも何故かこの場に同席していた。
(あ、奥さんの作ったお菓子……)
私は机の上を凝視する。
そんな私をじっと見て、客人が口を開いた。
「……なるほど、その娘があの魔法を使ったのですね」
腰まである長い黒髪に整った容姿、褐色肌の背の高い若い女性だ。
「また魔法への苦情?」
嫌そうに私が言うと、慌てた様子の村長にげんこつを落とされた。納得がいかない。
ひげ面の強面村長は妙にへりくだった様子で客人に謝っている。
「申し訳ございません。なにぶん、世間知らずの子供なものでして。こら、アン。この方は王都からはるばる来られた王宮の魔法使い様だぞ。国の魔法使いのトップに立たれるお方だ」
「ふぅ~ん?」
実のところ、私は王宮の魔法使いがどのようなものか全くわかっていなかった。
「私はフィーニス。近頃この付近で特殊な魔法が散見されると報告がありまして。原因を探っていました」
女性がけだるげな様子で私を見る。
「色つきの雨雲は、これまでに見ない魔法でした。普通に雨を降らせる魔法は存在しますが、あんなものは初めてです。ましてや、このように何もない村で……」
「それ、村長の前で言わない方がいいんじゃない?」
私とフィーニスの会話に村長が口を挟む。
「アンは異常なんです。誰も何も教えていないのに、不気味な魔法ばかりを使って……うちの村でも持て余しているんです。この子の両親だって手放したがっていますよ。奇妙な魔法の使い手なので、報復を恐れて手が出せないというところですがね」
村長の言葉に、少しだけ私の心は乱れた。
両親が自分を厄介がっていたのは知っているが、それでも家においてもらえているだけ大事にされていると思っていた。
食事も出てきたし、寝床も服も用意されていた。世話だって文句を言われ、戦々恐々と扱われながらも、最低限のことはしてもらっていたのだ。
なんだかんだで実の娘だから、追い出されるほどには嫌われてはいないだろうと考えていたが……。
現実はそうではなかったらしい。
(私が怖いから、黙って世話をしていただけ?)
本気で手放したがられていたのだというその事実は、七歳になったばかりの私を酷く打ちのめした。
「アンには幼い弟シバンがいる。これの両親は弟に魔法で害が及ばないか心配ばかりしていた」
「失礼ね。怪我を治してあげたことはあるけど、害なんて加えないわ」
不本意だったので、私は抗議した。
シバンは今年で四歳になる実の弟だ。彼は素直な子で、私とは違い両親に可愛がられて育てられていたし、私も弟を可愛がろうとしていた。
しかし、シバンに構う私を両親はよく思わなかった。
特に母親が強い拒否反応を示したのである。
『シバンに近づかないで! あの子に悪い影響が出るでしょう!? せっかくシバンは普通にマトモに育っているのに!』
『そうだ。第一、お前の魔法でシバンが怪我でもしたらどうするんだ!』
『外に出ていなさい! あんたが家の中にいると思うと、落ち着いて育児もできないわ!』
私は弟の前で危ない魔法は使わないが、両親は私を信用していなかった。
彼らにとっての私は理解できない存在で、歩み寄るべき対象でもない。
そして、いつ可愛い我が子に危害を及ぼすかもわからない危険な相手なのだった。
彼らの言葉からは、「子供だから意図せず魔法を暴発させ、ヘマをすることもあるだろう」という考えも読み取れたが、私だって実験段階の魔法を試す際は人のいない場所でやるというくらいの分別は持っている。
子供だから、放置して育てたから何も知らないだろう……などというのは大間違いだ。
むしろ距離を置かれて客観的に周りを見るようになった私は、村の他の子供と比べれば、彼らの言う「子供らしくない子供」に該当すると思われた。
だが、それでも私は七歳の子供。
一人前ぶっていても、外の社会を見たことのない私は、一人で村を出て暮らす術を知らない。
シバンは私を嫌ってはいないが、彼はいつも母と一緒に過ごしているので、会話する機会はなかなか訪れない。
その上、母から私に近づくなといつも忠告されていた。
そのうち彼も両親と同じく、私を遠巻きに見るようになるだろう。
何も言えない私を観察していたフィーニスは、ややあって村長に提案した。
「では、先ほどの話のとおり……彼女を引き取りましょう」
「え……? なんの話?」
私は驚いてフィーニスを見た。しかし、質問に答えたのは村長だ。
「フィーニス様はお前を王都へ連れて行くとおっしゃっている。この村としても、その方が都合がいい。お前の両親の承諾も得た」
出かけている間に、村の中で話がつけられていたようだ。
私はなんと応えるべきかわからず、下を向いて黙り込んだ。
「お前は異質だ。村の者も怯えてしまっている……ここは、お前のいる場所ではない。理解できているのだろう?」
「…………」
狭くて何もない村。
未知の魔法をただただ恐れるだけの人々。
私だっていつかは村を出ようと思っていた。
そのタイミングが今、こんな形で訪れてしまった事実に感情が追いつかないだけで。
「……王都に行って、私は何をするの?」
フィーニスは淡々とした声で私に話しかける。
「お前は私の研究対象です。ただの村人の子でありながら、誰にも教わらず新たな魔法……それも大規模な魔法を自力で軽々と量産する存在など、今まで見たことも聞いたこともありませんからね」
「研究?」
「ええ、お前を観察して人の可能性を模索します」
彼女の言葉は漠然としていて理解しづらい。私は首を傾げた。
「何を言っているのか、よくわからないわ」
「人の子は、存外頭が悪いようです。私と一緒に王都で暮らし、魔法研究に協力する。あと雑用もこなす。それが、今後お前のする役割です。お前に拒否権はありません」
「なんとなくわかったわ」
さりげなく雑用が付け加えられているが、それがあるうちは命が左右されることはない。
(それにこの人、今、魔法研究って言ったわ。研究するくらい魔法が得意なのかしら。私よりも詳しかったら、新しい魔法の話を聞けるかしら)
好奇心が湧き上がってくる。
単純に魔法への好奇心だけで動く私は、周りから見て明らかに普通ではない。
でも、これが「私の普通」なのだ。簡単に変えられる性質じゃない。
村長は私が引き取られるのがそんなに嬉しいのか、フィーニスに頭をへこへこ下げて感謝している。
そうして私は着の身着のまま、フィーニスの転移魔法で王都に移動した。
家族の見送りはなかった。
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