第100話 伯爵夫人と問題児

 現在、私は必死に頭の中で、魔力封じを解除するための魔法構築を行っていた。

 ここで解除できなければ、師匠としての沽券に関わるし、何よりもシャールがピンチなので。

 今となっては、彼は私の家族だし情がある。身を案じてしまうのだ。


 シャールのポテンシャルは高く未知数だが、今の彼は魔法知識や対魔法使いの戦いの経験に乏しい。

 身体能力はエペを上回るが、相手は即席で厄介な闇魔法を繰り出す、弟子の中で一番の問題児。


 そして、その問題児は今世でも二十年近く腕を磨き続けていたのだ。

 今、エペを相手取るのは、さすがのシャールでもリスクが高い。


 だから、『逃げて』と言ったのだが、シャールは逃げるどころか、向かって行く気満々だ。エペも本気でシャールを倒すつもりに見える。


 全く思い通りにならない二人だった。


(こうなったら、エペにかけられた魔法の解除を急がなきゃ)


 なのに、エペが後ろからちょっかいを出して、魔法解除の邪魔をしてくる。

 彼は未だ、私を背中側から捕まえたままなのだ。


「なんだ、アウローラ。もう半分も魔法を解いたのか、さすがだな。それじゃあ、追加しとくか」

「へっ……!? 追加って!?」


 背後でエペの闇魔法が蠢く気配がしたため、私は咄嗟に身をよじってそれを避ける。

 二重で魔法をかけられては、解除に数日かかってしまうからだ。


 通常時なら自分の魔法ではじき返したり、無効化したりできるのだが、今の私はまだ半分しかエペの魔法を解けていない。

 だから当然自分の魔法で彼の魔法をどうにかすることは不可能だ。


「ねえ、エペ。ここで争いを繰り広げるよりも、まずは話し合いましょう。きっと双方にとっていい解決策があるはずよ」

「そんなもんは必要ねえ。俺を止めたきゃ、力尽くで解決するんだな」


 とりつく島もないエペの反応を見て私は焦る。


「巻き込んじゃいけねーから、アウローラはそこで大人しくしていろよ」


 エペはベッドから降りると、身構えるシャールに向かって対象を全て呑み込む闇魔法を構築し始める。

 そして、躊躇いなくそれを放った。


 抜群の反射神経でそれらを躱すシャール。

 普通は魔法で対処するところを、彼は体術でこなしてしまう節がある。

 それでも状況は不利で、シャールの雷魔法はことごとくエペに相殺されていた。


「ふん。ド素人のヒヨコ野郎にしては、マシな魔法を使うじゃねえか」


 再びエペが闇魔法を放とうとしたタイミングで、廊下の方から誰かの足音が複数聞こえてきた。


(まさか、エペの部下たちじゃ……)


 私は内心焦り、事によってはシャールの逃げる時間を稼ごうと、ベッドにあった枕を構える。


(いざとなれば、枕だけでなく布団も投げましょう。ひ弱なラムの腕では、どこまで飛ばせるかわからないけれど)


 しかし、続いて入り口から現れたのは、私がよく知る人物たちだった。


「シャール様、ご無事ですか!?」

「庭は制圧してきたし、子供たちは屋敷に戻しておいたから心配要らないよ。奥様は……あ、いた」


 私は身を乗り出し、双子の名を呼ぶ。


「フエ、バル!」


 こちらの無事を確認した二人は、やや安堵した表情になった。

 そんな二人に、シャールが早口で指示を出す。


「ラムは今、魔力を封じられていて魔法が使えない状態だ。私たちだけで、この男を片付けなければならない。こいつはラムと同等の魔法を扱える」


 確かに、今のエペの実力は未知数だ。

 エペの魔力量は平均に毛が生えた程度だが、魔法知識の量、新たな魔法を生み出すセンスは馬鹿にならない。


(エペは相手に合わせて即席で魔法を構築できるけれど、シャールたちにそんな技術はないわ。彼らにはまだ教えていなかったから)


 相手が三人になったが、エペはまるで動じない。勝算があるのだろう。


「ヒヨコが三羽に増えたところでなんになるんだ? 全員まとめて焼き鳥にしてやるよ」


 エペは私のいるベッドの周りに光魔法の壁を作ると、大規模な闇魔法と火魔法を展開し始めた。


「ちょ……やめなさい、エペ! 建物を破壊する気?」

「だからこその闇魔法だろ、アウローラ。いくら炎を使おうが、闇魔法で作り出した空間内では外部に影響は及ぼさない。こいつらを闇魔法の中に囲い込んでから、火魔法で仕留めるんだよ」


 息をするように簡単に複数の魔法を操るエペ。

 やはり今のメルキュール家にとって彼は、格上の相手だ。

 さすが私の一番弟子……。厄介すぎる。

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