3章

第99話 一番弟子VS伯爵



 男は確かにラムに向かって「アウローラ」と言った。

 五百年前の記憶を持つラムは、五百年前に生きた伝説魔法使いと同じ名前で呼ばれている。


 だが、シャールはその言葉が聞き間違いだとも思えなかった。

 理由はここへ来る前に聞いたフレーシュの言葉だ。


 ずっと、心の中でくすぶっていた疑惑。

 それが今、はっきりと形になり、シャールに突きつけられた。

 子供の頃から憧れていた、伝説の魔法使いの生まれ変わりが、自分の妻だったのだと。

 衝撃が大きすぎて、どう反応すればいいのかわからない。

 動揺する心を押さえつけ、シャールは目の前の現実を直視する。


(今はラムの身の安全が優先だ。迷いは捨てろ)


 肝心のラムはと言えば、気まずそうな目をシャールに向けながら、男の腕から脱出を図っている。全然出られていないが。


「ラム、話はあとで聞く。帰るぞ」


 手を延ばすが、ラムはなかなか男の腕から出てこられない。


(魔法を使えばすぐだろうに。何故使わない?)


 様子がおかしいと思っていると、ラムが困ったように声を発した。


「シャール……実は今、私、魔力を封じられているの。解除しようと頑張ってはいるんだけど、すぐには魔法が使えなくて……」


 だから力業で抜け出そうとしていたみたいだ。

 シャールはつかつかとラムの傍まで近づき、彼女の手を取り引っ張り上げる。

 瞬間、至近距離から真っ黒な風の刃が放たれた。ラムの後ろにいた男の仕業だ。

 シャールは咄嗟にラムに教わった魔法で防御する。

 反射神経のいいシャールでなければ、今の一撃でやられていただろう。


「ちょっと、エペ! 危ないじゃないの!」


 ラムが男に向かって抗議する。

 どうやらこの男が、来る途中で見た男たちの話していた「エペ」らしい。

 向こうがシャールに敵意をむき出しているのと同じく、シャールもまた妻に無体を働く男を軽蔑した。


「ラムを放せ」


 冷たく命令すると、エペはラムを拘束する腕に力を込めて言い返してきた。


「てめぇこそ、とっとと帰れ。素直に言うことを聞けば、多少寿命が延びるぜ?」

「断る」


 お互いに一歩も譲る気はないようだ。


「アウローラ、お前の旦那、やっちまうけど恨むなよ?」

「待って、エペ! シャール、とりあえず逃げて!」

「……!?」


 ラムがこの場で「逃げろ」と指示したのはきっと、エペの実力が現在のシャールの上を行くからだ。

 シャールは冷静に今の状況を分析する。

 目の前の相手は、あの王子よりもさらに厄介らしい。


(だからと言って、ここまで来て逃げ帰る気はないがな)


 そろそろ、正面の敵を片付けた双子が、この部屋に辿り着く頃だろう。

 途中の妨害要員は排除してきたから、時間をかけることなく来られるはずだ。


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