第97話 伯爵は敵地に突入する
巨大な魔法が放たれ、建物全体に衝撃が走る。
まさか相手がここまで躊躇なく建物を壊すとは思わず、 シャールは動揺した。
それを見て、男たちは楽しそうに説明する。
「俺らはいくら建物をぶっ壊しても大丈夫なんだ。エペの旦那が闇魔法でなかったことにしてくれるからな!」
「闇魔法……」
やはり、エペという者がラムを攫った相手に違いない。
「そうか、なら、こちらも遠慮なくやれるというものだ」
大技が来ると思ったのか、男たちが魔法を放つ準備をしつつ身構える。
しかし、シャールはいつまで経っても魔法を出すそぶりを見せえない。
焦れた男たちが攻撃を開始しようとした瞬間、自らの体の異変に気づく。
「……!? 体が動かない!!」
「神経系の扱いは雷魔法と相性がいいと教わった。だから、お前たちの神経に微量の魔法を流し込み動きを封じた。しばらくは動けないだろう。私は先を急がなければならない」
学舎では人間の体の作りについても学ぶ。稀にではあるが、対魔獣ではなく対人間の依頼もあるからだ。
ラムに魔法を教わったとき、これは使えそうだと思い、彼女に詳しく効果を尋ねた。
人で試すのは初めてだったが、成功したようだ。
シャールは男たちの横を通り過ぎ、廊下を進んだ先の階段を駆け上がる。
どうして自分はこんなにも焦っているのか。
それでも、ラムに何かあったらと考えると、心臓を鷲掴みにされるような恐怖を覚える。
ラムに出会ってからの自分のおかしさの理由に、彼女に興味を抱き続けていた理由に、シャールは気づき始めていた。
(過去など関係ない。私はラムが……)
五百年前の記憶が戻ってからの彼女は、使用人を殴り飛ばして解雇したり、学者の方針に文句を言ったりとメルキュール家の伯爵夫人として考えられない行動を続けてきた。
だが、ラムの行動によって確かにあの家は変わり、シャールを含めた多くの人間が救われたのも事実。
ラムは家の方針に雁字搦めになっていたシャールに植え付けられた価値観を壊し、日の当たる場所へ引き上げてくれた。
何より、彼女の明るさや破天荒さにシャール自身が引きつけられてやまない。
建物内を走り続けるシャールは、最奥の両開きの扉に目星を付け、思い切りそれを蹴破った。
「ラム……っ!」
自分の焦る声だけが響く。
そして、勢いよく開く扉の先には、知らない男に明らかに迫られている妻の姿があった。
何があったのかはわからないが、ラムは寝台に引っ張り込まれそうになっている。
「ちょっと、放しなさい! あなたを、そんな子に育てた覚えはありません!」
ラムはぐいぐい自分の手を引っ張り、後ろにのけぞっている。
彼女はシャールに気づき、大きく目を見開いた。
「シャール! あなた、よくここがわかったわね!」
しかし、そのせいで手の力が緩んだため「きゃあっ!」と叫びながらベッドへ倒れ込んでしまう。
慌ててラムに駆け寄ると、彼女の背後に見知らぬ男がいた。
男は両腕でラムを羽交い締めにし、シャールに敵意がむき出しになった目を向けている。
「……なんだ、てめぇは」
「それはこちらのセリフだ。他人の妻を拐かした揚げ句、部屋に連れ込むとはいい度胸だな」
苛立ちから声の温度が下がる。
自分がこんなにも強い感情を抱くなど今までになかったことだが、それでも今目の前で起きている出来事に対する怒りが抑えきれない。
男の方も不快感を露わにしてシャールを睨み付けてくる。
「アウローラの夫とかいう奴か。探す手間が省けたな。もともと、消してやろうと思っていたんだ」
桃色の髪の中性的な顔立ちの男は、シャールを挑発するようにラムの髪を弄ぶ。
「は……?」
男の態度にも苛立つが、今、聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「アウローラ……だと?」
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