第96話 伯爵は妻を追跡する

 


 転移に成功したシャールは、見慣れない建物の前に立っていた。

 いつになく焦っている自分がいる。ラムの安否が気になって仕方がない。

 彼女は気も腕っ節も魔法も強いが、それらを差し引いてあまりあるほど体が弱いのだ。


 辿り着いたのは、広い敷地の中にある豪邸だが、メルキュール家のように手入れはされておらず荒れ放題だ。

 建物は趣味の悪さが丸出しの、成金風の派手な御殿だった。庭と建物の落差が激しすぎる。


「座標は、ここで合っているはず……だが」


 気候や建物の形式が、テット王国ともレーヴル王国とも異なる。

 

「ラムはどこだ?」


 シャールが辺りの様子を窺っていると、建物の中から、ドドドドドッとたくさんの足音が聞こえてきた。


「侵入者だーっ!」

「幹部から排除命令が出たぞ!」

「腕が鳴るぜぇっ!」


 バンッと扉が開き、中から現れた大勢の男たちが、手に魔法を構えながらシャールの方へ突進してくる。

 質のいい服を身に纏っているが、全体的に姿勢が悪く素行も悪そうに見える。


(こいつらは何者だ?)


 こんなにたくさんの魔法使いが一箇所に集中しているなんて、ただ事ではない。


「お前らはモーター教か? 貴族か?」


 シャールが尋ねると、男たちは「あ゛あ゛ん!? そんなのと一緒にすんな! あんな奴らは、ただの金づるだ!」と不愉快そうに眉を顰めた。

 モーター教や貴族関連でないと知り、少し安堵する。

 正当防衛として、ぶちのめしても大丈夫そうだ。


「ここに、浅緑色の髪の女は来ていないか? 私の妻なのだが」


 再び問いかけると、男たちは「女がこんな場所に来るわけねーだろ!」と叫びながら攻撃してくる。話が通じないようだ。


(ここで無駄に争っている暇はないのだが)


 ゴオンと音を立て、シャールの近くに巨大な火魔法が着弾する。その大量の炎が渦を巻き始めた。

 見覚えのある光景を見て、シャールは驚く。


「これは……ラムがボンブに教えていた魔法?」


 続いて、巨大な竜巻やら、大量の水やらがシャールを襲ってきた。

 これらも全て、ラムが双子や子供たちに伝授した魔法と同じだった。

 普通の魔法使いは知らないし扱えない代物だ。


(どうなっている……?)


 シャールはレーヴル王国の城での、フレーシュの様子を思い返す。


(ラムの過去関連か)


 だとすれば、建物内に何かある。そこにラムもいる可能性が高い。

 ラムが攫われて少しして彼女の魔力が消えた。だが、この近くにいるはずだ。


「とりあえず、こいつらを片付けて中に乗り込むか」

 

 シャールは雷魔法を構え、集まってきた男たちに一斉に落とした。もちろん、これだけで全員を倒せるとは考えていない。

 しかし、シャールが自分たちと同じ魔法を扱えると知った男たちは動揺している。


(こいつらの魔法は弱くて雑だが、普通の魔法使い以上の魔法が使える。そして数も多い)


 対する自分は、つい最近普通の魔法使いを脱したところだ。

 だが、長年の戦闘経験から、勝てなくはない相手だという結果が導き出される。少々手間取るというだけで。


(何人かは倒せたが、まだまだ屋敷の中から新手が出てくる。ますます怪しいな)


 攻撃魔法を放っていると、後方で転移魔法が発動する気配がした。

 振り向くと、双子を連れたカノンが立っている。卒業したばかりのミーヌやボンブもいた。


「シャール様、遅くなりました。わー……すごい場所ですねえ。あれ、突破しないといけないんですか?」


 フエが嫌そうに男たちの方を見ている。


「ラムの気配が途中で消えた。だが、この辺りにいることは間違いない……怪しいのはあの屋敷だ」


 シャールの言葉に、子供たちが反応する。ボンブがわくわくした様子で言った。


「ここで魔法を使っていいんですか?」

「もちろんだ。危なくなったらうちの屋敷へ転移して戻れ」

「はいっ」


 走り出すボンブは、さっそく男たちに向けて火魔法を放っている。

 ミーヌも「整地!」と叫びながらボンブを手伝い始めた。ミーヌの魔法は意外だったようで、男たちが慌て始めた。

 あれはラム直伝の光魔法だ。光魔法と闇魔法が得意な使い手は少ないと聞くので、向こうに知識がなかったのかもしれない。


「シャール様、パパッと片付けちゃうんで、先へ進んでいいですよ~」


 バルも風魔法で子供たちに加勢し始めた。


「はー……、俺とカノン様もこちらで相手を引きつけますので、シャール様は建物の中へ。掃討が完了次第、子供たちは屋敷へ返し、俺とバルはあとを追います」

「任せた」


 シャールは双子や子供たち、男たちの魔法を避けながら建物の入り口を突破した。

 中にもまだ男たちの仲間がいたが、全員確実に倒していく。


 階段を上がると奥から、先ほどの者よりさらに身なりがいい別の男たちが出てきた。

 だが、やはり纏う雰囲気がどこかだらしない。


「なんだ、お前は」


 侵入者を警戒する彼らに向け、シャールは質問した。


「浅緑色の髪の女を知らないか? このあたりにいるはずだが……」


 男たちはうさんくさげにシャールを見ていたが、そのうちの一人が声を上げる。


「浅緑色って、ボスの女じゃね?」

「え、もしかして、エペの旦那、略奪愛だったのか。やるなあ……にしても、なんでお前はここまで堂々と屋敷に入ってきていやがる。侵入者排除の命令を出したのに、部下共は何をやって……」


 そう言って、窓から庭を見た男の一人が、「うえっ!?」と声を上げる。


「あいつら、やられてるじゃねえか! しかも、庭がボッコボコになってんぞ!」


 おそらく、庭を破壊したのはミーヌだろう。

 この様子だと優勢みたいだ。もう少しすれば双子と合流できる。だが、そんなことより聞き捨てならない言葉を聞いた。


「ラムは、ここにいるのだな。そのエペとかいうやつの居場所を教えろ」

「言うわけないだろ、お前はここから先へは進ませない。ボスの初恋は俺らが守るっ!」


 おそらく、ここはとある組織の拠点で、ラムを攫った人物は組織のトップ。

 さらにここにいるのは幹部……ということなのだろう。見るからに、禄でもなさそうな組織だが。

 

「ラムは私の妻だ」


 不機嫌なシャールの一言に、男たちがどよめく。


「えっ、ボスの初恋、人妻だったのか!」

「さすがエペの旦那だ!」

「どんな理由であれ、ここから先へは進ませねえぜ!」


 男たちは建物内にもかかわらず、大規模な魔法を展開し始めた。

 







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