第85話 王子の主張

 聖人の襲来を解決したシャールは、魔法の使いすぎで体調の悪いラムを担ぎ、城で与えられている客室へと移動した。

 ラムは具合がかなり悪そうなのが気がかりだ。

 フレーシュは文句を言っていたが諸々の事件の事後対応で忙しく、とりあえずはラムを追ってこなかった。

 

(面倒なのがついてこなくてよかったな)

 

 例の魔法使い弾圧事件でデモ中の魔法使い(実は偽物)が暴走した件で、王家に国として責任を取れという意見が上がっている。王子も大変だ。

 寝台へ移動させたラムは「体力が一向に増えない」と、悔しそうに唇をへの字に曲げている。

 

「一日にあれだけしか魔法が使えないなんて。本当に今世の体は不便だわ」

「大人しく寝ていろ。魔法を余分に使いたければ、体力が戻るまでは私が代わりに使ってやるから。魔力もそれなりにある」

 

 言うとラムは「そうね、ありがとう」と微笑んでみせた。

 そんな彼女の表情を見ていると、時折落ち着かない気分にさせられる。

 

「幼い頃から、学舎では魔法を使い続けても全く体に変化はなかった。こちらの事情は気にするな」

 

 フエやバルがバテていても、いつも自分だけはピンピンしていた。

 

「ラム、何か欲しいものはあるか?」

「大丈夫よ、もう寝るわ。シャールも休むといいわ、疲れたでしょう?」

「……私は疲れてなどいない」

 

 このところ、以前にも増して妻の体力のなさが心配になる。早くレーヴル王国から脱出してメルキュール家の屋敷に閉じ込めてしまいたい。

 そんな風に思う自分に戸惑いながら、せっせとラムの世話を焼く。

 

 しばらくするとラムは穏やかな寝息を立て始めた。今以上に体調が悪化することはなく、ひとまず安堵する。

 なんとなく寝付けず、シャールが散歩にでも行こうかと廊下に出ると、扉の外に先ほど別れたはずのフレーシュが外に立っていた。

 

「……なんの用だ? もうラムは眠っている。話なら明日以降にしろ」

 

 追い払おうとすると、フレーシュは「そうじゃない」と首を横に振ってシャールを見る。

 

「僕が用があるのは君だよ。メルキュール伯爵」

「は……?」

 

 こちらは王子になど用はないし、関わり合いになりたくもない。ややこしい事態になるのが目に見えている。離れようとしたシャールに、フレーシュは尚も言葉をかけ続けた。

 

「師匠について、君に話しておきたいことがある。夫なんて言っても、見たところ君は彼女の過去を何も知らないだろう? 事実を知れば、今のような夫面はしていられなくなるよ」

「余計なお世話だ、聞きたいことができれば本人に聞く」


 告げると、フレーシュは酷薄そうな、どこか意地の悪い表情を浮かべた。

 ラムがいるときには絶対にみせない顔だ。

 

「それ、何も知らないのと同義じゃん。やっぱり君は師匠の伴侶に相応しくない、僕に譲るべきだ」

 

 はっきりと無知を指摘され、ラムを譲れと言われ、いつも以上に苛立つ自分に気づく。

 それほどまでに自分は妻に執着しているらしい。


(……当主として、家族を守るのは当然のこと。過去の弟子だかなんだか知らんが、私はラムを気に入っている。他国の王子だろうが渡すつもりなどない)


 フレーシュもフレーシュで、機嫌が悪いのを隠しもしない。


「ねえ、知らないでしょ……師匠の正体。本当にお前には勿体ない。五百年前に実在した、生きた伝説だよ? 今でも歴史書に名前が残ってる」


 いつの間にか、「お前」呼ばわりだ。

 相手は一国の王子なのでおかしくはないが。

 

「だから、聞いていない。軽々しく妻のプライベートな話を口に出すな」

 

 フレーシュのせいで、とても散歩をする気分ではなくなった。きびすを返して部屋へ戻る。


「師匠を転生させたのは、代償を支払ったのは僕らだ。お前が師匠の夫になる権利なんてないんだよ」


 後ろから恨みがましい声が響いてくるが、シャールは振り返らなかった。

 バタンと扉を乱暴に閉めて、ラムの眠る寝台へと向かう。穏やかな寝息を立てる彼女を見ていると、複雑な思いに囚われた。


「ラム、お前は一体何者なんだ? 五百年前の伝説だなんて、まるでアウローラみたいじゃないか……」


 聞きたいことは本人に聞くと偉そうに宣言しておきながら、シャールはフレーシュの言葉をしっかりと気にしていた。

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