第84話 伯爵と王子VS第二位の聖人
轟々と燃えさかる炎がいくつも迫って来る。
聖人のネアンが場所も考えず連続で火魔法を放ったからだ。
(まったく、ボンブだって建物の中では火魔法を使ったことがないのに。いい年をして偉そうに語っている割に、やることはメルキュール家の子供たち以下ね)
シャールが私を庇うように前へ出て、覚えたての防御魔法で炎の攻撃を防ぐ。
「ありがとう、シャール」
「妻を守るのは当然だ」
彼が今使っている防御魔法は、私が城のパーティーで披露した魔法とは別ものだ。
闇魔法をベースにした内容で、触れるもの全ての時間を戻し、なかったことにする。
(パーティーのときみたいに跳ね返したら、炎が家具に引火してしまうからね。いい判断だわ)
心の中で、私はシャールを褒めた。やはり、彼の魔法のセンスは卓越している。
一方のフレーシュは相手を見下すような笑顔で全てを凍らせる水魔法を放っていた。
穏やかそうに見える彼だが、一度敵と認定した相手には容赦ない。内に秘めた魔力と攻撃力は弟子の中でも一番だ。
「今、師匠に向けて魔法を打ったよね? よりにもよって、僕の大事な大事な大事な師匠に向かって。その愚かな行動を後悔するといい。心の臓まで凍らせて、砕いて壊して消し去ってあげる!」
今度はフレーシュから氷の大技が放たれた。
ネアンの炎が氷に当たり、水蒸気が部屋を覆う。
だが固く冷たいフレーシュの氷は溶かすのが大変なのだ。まるで魔法を操る本人のようにとにかく頑固で手強い。
私の弟子の実力を前に聖人は苦戦している。
「なっ、馬鹿な! どうして、ただの魔法使いごときがこんな力を……! 水魔法なら水を垂れ流したり、ぶつけたりする程度が関の山だろ? それに、そっちの魔法使い……今の防御魔法はなんだ!? 明らかに通常の光魔法による防御ではない!」
座って様子を見つつ、私はネアンの実力を計っていた。
彼はフレーシュとシャールの魔法を正確に見抜いている。ただし、闇魔法についての知識はないようだ。
今も昔も、闇魔法は迫害の対象になりやすい。現代での闇魔法の立ち位置は、ただでさえ危険視される魔法の中でもひときわ禍々しく問題のある魔法という位置づけらしい。
昔はそこまで酷くなかったが、地域によっては闇魔法を差別する場所もあった。
モーター教も闇魔法は認めていないようだ。
ちなみに、私は割と使っている。難易度や危険性の高い魔法ではあるが、弟子の中に闇魔法が得意な子がいたので身近なものだった。師匠も扱っていたし。
いくらネアンといえど、フレーシュとシャールの二人を相手取るには分が悪すぎる。
彼らは一人だけでも十分強いので。それに、私も控えているので。
「さぞかし魔法に自信があるのだろうと思いきや、口だけのようだな」
前に立つシャールの口から容赦のない感想が飛んだ。
「こんなのでも聖人になれるんだ。僕ならトップになれるかも?」
フレーシュも笑顔で毒を吐いている。
「ふざけるな! 教皇様を愚弄するな! あの方は……」
ネアンは顔を真っ赤にし、一人で激しく抗議していた。
だが、シャールやフレーシュは容赦なく攻撃魔法を放ち、ネアンはあっという間に防戦一方になってしまった。
私が手を貸すまでもない。これ以上魔法を使ったら、体調悪化は免れないためありがたいが。
「くそっ、俺が、こんな、魔法使いごときに……っ」
部家の中を魔法で素早く動き回るネアンの片足を、フレーシュの氷が捉える。
そこへ、シャールの雷魔法が直撃した。
とっさに防御魔法を展開したネアンだが、間に合わずダメージを受ける。
「う、うがあっ!」
膝をついた彼の前にフレーシュが立ちはだかり、もう片方の足も凍らせ逃げられなくした。
「はあ……やれやれ、つまらぬものを凍らせてしまったね。ついでだし、このまま全身を氷漬けにしてしまおうか。師匠に魔法を向けたのだから当然の報いだよね?」
冷たくネアンを見据えたフレーシュが魔法を放とうとする。その瞬間、私は彼に声をかけた。
「フレーシュ、ストップ! 聖人は捕らえるだけにして」
「師匠!?」
不満げなフレーシュが抗議するように私を見る。
「彼も、そこのカオと同じように教育し直すことにするわ」
「冗談もほどほどにしてよね。こいつは聖人だよ?」
「ええ、ただ……弟の目の前で殺すような真似はしたくない。彼らにもまだ立ち直れる可能性があると思うの」
「……毎回甘いよね、師匠は。でも、心配だから魔力を奪う措置はさせてもらうよ。僕は細かい魔法操作が得意じゃないから、少しばかりやり過ぎちゃうかもしれないけど。あと、害がないように物理的にも無力化させてもらう」
フレーシュは魔力を封じる魔法を、氷に拘束されて動けない、満身創痍のネアンにかける。
続いて、彼は相手の体を小さくする闇魔法も展開した。
ネアンと、巻き込まれたカオの体が縮んで手のひらサイズになっていく。
縮みきった二人を、フレーシュはインテリアとして飾ってあった虫かごに放り込む。
「これで、少しは静かになるね。師匠、この虫かごはあげるけど、あまり無茶をしては駄目だよ?」
「ええ、わかったわ。ありがとう」
お礼を言った私は、改めて虫かごの中に目を向け、とらわれの身の聖人たちに話しかける。
「あなたたちは、今日から二人揃って私の弟子よ」
だが、ネアンもカオも、小さく響くキーキーした声で私の提案を「ふざけるな!」と拒否するのだった。
いい話だと思うのに、聖人という生き物は素直ではない。
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