第77話 伯爵夫人は自白を促す

 私――ラム・メルキュールは、隣国テット王国の王宮の客室で夫のシャールと向き合っていた。

 

「今回は大聖堂で派手な魔法を使っても倒れなかったわ。体力もついてきたのではないかしら?」

「自慢するようなことか? 今使っている闇魔法は継続的に魔力を消費するのだろう? また倒れる前にさっさと解除しろ」

 

 言い方は高圧的だが、シャールは私の体を心配してくれている模様。ずいぶん優しくなったものだ。

 

「確かにあなたの言うとおりね、魔力消費を継続する魔法は負担になるわ」

 

 記憶が戻った私はまず、魔力循環である程度体を強化して普通に生活するのに支障がない健康状態を手に入れた。

 しかし、魔法を使いすぎたり、無理な運動をしたりといった、普段の生活以上のことをすれば、すぐに体調不良を起こしてしまう。

 

 だからもっと体力がつくまでは、極力魔力を使わない生活をしたほうがいい。

 どの程度の期間で、病弱かつひ弱なラムの体力が人並みになるのかはわからないが、以前よりは動けるようになってきたと思う。

 

 というわけで、シャールの言うとおり、魔力の継続使用を止めて魔力消費の少ない方法を選ぶ。

 ひとまず聖人と聖騎士の魔力を奪って無力化し、闇魔法の中から彼らを出すことにした。そして――


 現在床の上には、闇魔法の空間から解放された傍迷惑な少年聖人カオと、筋骨隆々の聖騎士ミュスクルが転がっている。

 彼らの魔力は封じており、体も魔法で拘束していた。

 しかし、カオはそれが気に入らないらしく、出した瞬間から魔力を返せと騒いでいる。

 その様子を見た私は小さくため息をついた。


「駄目よ、あなたは反省していないもの。今魔力を元に戻しても、また暴れるだけでしょうに」

 

 うるさいカオとは正反対で、ミュスクルは始終無言だった。もともと寡黙な性格のようだ。

 彼は全く動かずカオを止めようともしない。

 聖人と聖騎士では聖人のほうが位が高いらしいので、上司を注意したくはないのだろう。

 だから、カオも言いたい放題しているのだ。

 

「この変人魔法使い共! こんな真似をしてモーター教幹部たちが黙っていると思わないでよね、総力を挙げて復讐しに来るよ! ボクが大聖堂で消息を絶ったことも伝わっているだろうし、ここの場所だって割り出せるはずだ!」

「そうなのね、親切に教えてくれてありがとう」


 言い方が悪かったのか、カオの顔がどんどん真っ赤になっていく。

 仲の良い師弟関係を築きたかったが、今すぐには難しそうだ。

 シャールは「厄介な聖人など、さっさと見捨てろ」などと、うんざりした表情でカオを見る。


「見たところカノンと同じ年頃だろうに、どんな風に育てばこうも幼稚になる?」

「生活に必要な知識や人との関わり方を教わらずに、魔法だけ覚えて『聖人様~』と崇められていたらああなるんじゃないかしら?」

「……お前、割と辛辣だな」

「あなたもね」

 

 今のカオは興奮しているため、まだ話ができなそうだ。

 聖騎士のミュスクルは落ち着いているので、先に彼との会話を進めるほうがいい気がする。

 私はうるさいカオを縛ったまま続きの部屋へ放り出し、扉を閉めてミュスクルと向き合った。彼も上司がいないほうが話をしやすいだろう。


「さて、聞かせてもらいましょうか。なんで、レーヴル王国で魔法使いを追い詰めようとしたのかを。あなたたちが手を下すまでもなく、この国の魔法使いは力を失い細々と静かに暮らしていたはずよ。力の差は歴然としているし、今さらモーター教が気にするような相手じゃないわ」

 

 しかし、ミュスクルは黙ったまま。

 カオと同じく、こちらの質問に答える気はないようだ。

 しばらく待ってみたものの答えが得られなかったので、私は手に闇魔法の靄を宿しつつ彼に告げた。

 

「この方法は採りたくなかったんだけど、問題を放置して私の大事な家族や弟子に面倒ごとが降りかかるのは嫌なの。あなたなら、向こうの部屋の子より正確に答えられるわよね?」

 

 こうして、私はミュスクルへ向けて精神に干渉する魔法――自白魔法を放った。

 薬を用いる方法もあるが、あいにく外出中で材料が揃えられない上に、万が一城にあっても、作るのに時間がかかるので直接魔法を使う法が早かった。魔力は消費してしまうが……対象が一人なので大丈夫だろうと思う。


 闇魔法の靄がミュスクルを取り囲み、彼の体の中へと吸い込まれていく。

 すると、今まで無言だったミュスクルは顔を上げて私のほうを見た。


「シャール、この騎士に自白魔法をかけたわ。今ならなんでも聞き放題よ? ただし、彼が知っている内容に限るけれど」

「便利な魔法だな。私も扱いたいところだが……」

「教えてあげたいのはやまやまだけれど、闇魔法を得意属性以外の人が使うのは難しいから……もう少しあとでね。簡単なものから練習しないと、魔法に自分を巻き込んじゃって危険なの」


 シャールは仕方ないという風に頷く。


「闇魔法は帰ってから習得するとして、まずは先ほどのラムの質問に答えてもらわなければな」

「そうね。ミュスクル……だったわね。再度問うわ、どうしてこの国の魔法使いを大々的に迫害し始めたの?」


 先ほどの反応とは変わり、ミュスクルはゆっくり口を開く。

 魔法の効果で、素直に質問に答えようとしているのだ。


「私たちがレーヴル王国へ入り計画を実行したのは、カオ様が退屈していたからだ」


 シャールが首を傾げ、「質問の答えになっていないな」と呟く。


「自白魔法の欠陥なの。相手の知力や受け取り方によって、返ってくる答えが変わってしまう。質問の仕方も気をつけなければならないわ、聞かれたことにしか回答してくれないから」

「なるほど、だからお前は子供ではなく騎士に魔法をかけたわけか。確かにあの子供に質問しても、まともな答えは返って来なそうだ」


 魔法をかけられたミュスクルは、ぼうっとした様子で静かに佇んでいる。


「質問を追加するわ。なぜ、レーヴル王国に来たの? 魔法使いは他の地にもいるでしょう?」

「……王族に魔法使いがいるから、魔法使いの力をさらに削ぐ必要があった」

「えっ?」


 王族というのはフレーシュを指しているのだろう。


「なんで、フレーシュ殿下が王族だと魔法使いの力を削がなければならないの?」

「彼が王になったとき危険だから」


 順当にいけば第一王子であるフレーシュが王位を継ぐ。

 魔力持ちではあるがフレーシュは優秀だし、レーヴル王国での偏見はテット王国よりも緩いみたいだった……今までは。

 

「モーター教の一部は魔法使いが国王になる未来を危惧している。その意見を聞いたカオ様は独断で魔法使い共を誘導し、暴動を起こさせ、第一王子を王位から遠ざける計画を立て実行した」

「上から命令されていないのに、独断で動いたってことなの? それってあとで怒られない?」

「独断だが、それらはモーター教総本山の意向でもある。第一王子フレーシュは危険だと判断され、いずれ聖人か聖騎士が送られる予定ではあった。カオ様が先んじて行動されただけだ」

「なるほどね」


 力を持つ魔法使いに国のトップに立たれると、都合の悪い輩が多いのだろう。

 セルヴォー大聖堂で見た資料や今回の事件を鑑みると、五百年の間に魔法を劣化させた犯人はまずモーター教で間違いない。

 この五百年で魔法使いの力を削ぎ、魔法の痕跡を消し続けてきた者たちだから、王位継承者の変更など躊躇なくしてみせるのだろう。

 実際に今までにもそういう事例があったかもしれない。

 フレーシュは一筋縄ではいかないと思うが、彼らはまだ私の二番弟子の実力を知らないから強気なのだ。

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