第76話 聖人少年と勧誘魔女
暗い暗い闇の中、モーター教最年少の聖人カオは、静かに膝を抱えて蹲っていた。周りには何もなく、時間の流れすらわからない。全て、あの奇抜な髪型の魔女の仕業だ。
(まさか、モーター教の関係者以外で、あそこまで魔法を使える者が残っていたなんて。枢機卿たちは『正当な魔法知識は、モーター教の選ばれた人間のみが有する聖なる業だ』なんて言っていたけど、嘘じゃん!)
闇には慣れているカオだが、この先の自分の行き着く先を思うと憂鬱になる。モーター教と魔法使いは対立する存在と習ったので、魔法使い側に捕らえられた自分は、きっとただでは済まされない。
(羽目を外しすぎちゃった? でも、どうせなら好き勝手に生きたいようねえ。ボクにはそのための実力があったんだから)
カオには「自分は特別な人間だ」という自負があるし、事実そうだ。孤児でしかなかった自分は、指名されて聖人になることを許された。
聖人に選ばれてからは、恐れるものなどなかったのである……教皇と枢機卿と自分より高位の聖人くらいしか。
だから好き勝手に生きた。遊びたかったから、モーター教で許容される範囲内で魔獣をばら撒いて楽しんだ。それの何が悪い。
(ずっと虐げられてきたのだから、このくらい許されるでしょう?)
だというのに、あの闇魔法を使う異端な魔女はカオに説教をかましてきた。
「ああしろこうしろって命令しないでよ! ボクは聖人なのに!」
思わす闇に向けて叫ぶと、頭上から聞き覚えのある声が降ってくる。
『あら、心配していたけど割と元気ね』
憎き変髪異端魔女の声だ。
「うるさいな、さっさとここから出してよ! 実験台にしてやる!」
『その前に、ちょっとお話ししましょうよ』
「はあ? なんでボクがあんたと『お話』なんてしなきゃならないわけ? そんなことをするくらいなら、ゾンビリーパーやカニババット変異体をそこら中にばら撒くほうが、よほど人生が充実するよ」
暗闇から出られたら、次はなんの魔獣を放とうか。
自分の行動によってその他大勢の者たちが右往左往する様子を見るのは面白い。
『えっ……? あなた、今、なんて言った?』
上から聞こえてくる声に、戸惑いが混じった。カオが突拍子もないことを言い出したので驚いているのだろう。
全部、実際にカオがしでかした行動で、ゾンビリーパーもカニババットも大繁殖したのだが。
「あはっ、どうせ全部嘘だと思ってるでしょ? そのうち大きなニュースになるんじゃないかな」
『……』
しばらく水を打ったかのような沈黙が落ち、やがて声は言いにくそうに答える。
『両方とも、私が始末しちゃったわ。ウラガン山脈もクリミネの町もなんともないわよ?』
カオは「嘘でしょ?」と叫びそうになる。
しかし、声の主はカオが魔獣を放った場所まで言い当てた。
(誰にも教えていない内容なのに、まさか本当に、あの魔女が手を打ったの?)
そういえば未だに魔獣被害についての報告は上がってきていない。手に負えない魔獣の案件はモーター教の聖騎士団に上がってくるはずなのだ。
(改造した凶悪魔獣をこっそり逃がして騎士団を派遣し華麗に解決! 国にいる魔法使いは無能だと罵られ、モーター教は感謝される……いつものマッチポンプだったんだけど。その課程でヤバい魔獣をたくさん放って、あとで退治に来る兄さんを困らせようと思ったのに……速攻で全滅させられるなんてアリ?)
変な魔女は魔法といい行動といい、カオの予想を超える存在だ。異端かつ危険である。
しかし、そんなカオの心を知らない魔女は楽しそうに話しかけるのをやめなかった。
『ねえ、あなた。モーター教をやめて、私の弟子にならない?』
「ならないよ! ここから出して!」
何をどうすれば「弟子にならない?」なんて言葉が出てくるのか。
髪型のセンスだけでなく、思考もだいぶおかしな魔女に捕まってしまった。ついていない。
『自由になったらまた悪さをするでしょう? 魔獣をあちこちにばら撒かれると迷惑なのよねえ。あ、そうだ、あなたの魔力を封じて自由にしちゃえばいいわよね?』
言われた瞬間、何かどろりとした感情がカオの胸から湧き出てきた。
(ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。ボクから魔法を奪うなんて許さない)
自分は選ばれたのだ、特別なのだ、そうじゃなければ……
(嫌だ、またあの場所に戻るのは)
どうすれば、どうすればいい?
ここを出たいのに、出なければならないのに……焦れば焦るほど、考えが纏まらなくなっていく。
(魔力を封じられたりなんかしたら、ボクは生きていけない)
しかし、魔女は魔法を使うのを待ってはくれない。
ぐるぐると目眩がし始め、気分が悪くなっていく。
(急激に体の中の魔力が抜けていく……強制的に魔力を吸い上げられるせいか)
抵抗しても、相手の力量のほうが上らしく、何もできないうちに力が奪われていく。
(このままじゃ……)
途中まで耐えていたカオだが、子供の体力では限界がある。
すぐに、気分の悪さから意識を失ってしまった。
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