第68話 伯爵夫人と聖人との邂逅

 巨大で冷たい白亜の建物に足を踏み入れると、そこにはだだっ広い空間が広がっていた。

 寸分の狂いもなく並ぶ柱に、窓を彩る聖人を模したステンドグラス。

 席に座って祈る熱心なモーター教徒に、聖典を読む若い修道士。


「いかにも、モーター教の大聖堂って感じね。男爵家にいた頃、一度近所の教会へ行ったことがあるけど、他国でも教会の形って一緒なのね~」

「…………」

「ちょっと、まだ怒ってるの?」

「別に。よりにもよってこんな髪色にするなんて……お前の美的感覚は本当にどうなっている? 悪目立ちしそうだ」

「可愛いのに」


 私が染めてあげたシャールの髪は淡いピンクと淡い紫のグラデーションだ。

 ちなみに、私も淡い水色と淡い黄色のグラデーションにしてある。

 瞳の色は二人ともオレンジで、兄妹という設定にしてみた。これで、素性はばれないに違いない!

 

 外では様々な事件が起こっているものの、大聖堂の中は静かだった。

 

「あの奥には行けないのかしら?」

「阿呆……ここの部屋以外は、大聖堂の関係者しか立ち入れない」

「残念、魔法で突破するしかないかも。でも、どうしてこの国のモーター教は、急に魔法使いを排除し始めたのかしら? 今さらよね……」

「さあな。気まぐれじゃないのか? どこの国でも迷惑な奴らだ」


 近くの席に座り様子を観察するも、取り立てて変わったところはない。

 やはり、ここは目くらましの魔法や攪乱の魔法を用いて、大聖堂の奥へ侵入するほかなさそうである。

 こんな大規模な事件が発生した以上、どこかに計画を立てた首謀者が存在するはずだ。

 可能性が高いのは、大聖堂にいる最高責任者の司教で、レーヴル国のモーター教徒の中では一番高位の存在だ。


 大人しく、前で喋る修道士の説法を聞いていると、不意に後ろに誰かが立つ気配がした。


「あはっ、面白~い髪色!」


 大聖堂に似つかわしくない、軽やかな笑い声を発するのは、目深にフードを被った年若い少年のようだった。

 振り返って首を傾げると、隣のシャールが少年を警戒するそぶりを見せる。


(普通の男の子に見えるけれど、もしかしてヤバイ人なのかしら? 司教、とか? まさかね)


 少年は無遠慮に、ぐっと顔を近づけてくる。


「ふふっ、どっちの魔法~? 変装魔法なんて、聖人しか知らないはずなのに~。なんで、一般人……もしくは、一般魔法使いが扱えるわけ~?」


 彼の言葉を聞き、私はシャールが少年を警戒した理由を理解した。

 魔法を見抜いたことといい……「聖人」などと言い出したことといい、協会の関係者かもしれない。そうでなくとも、何かあるのだろう。


(この少年、何か情報を持っているかも)


 私は彼と話をしてみようと思った。

 

「ねえ、あなたは、ここの司教様?」


 尋ねると、少年はまたころころと笑いだす。


「お姉さん、髪色だけじゃなくて、中身も面白いね~。でも残念~、ボクは司教じゃない」

「大聖堂の人……ではないの?」

「ボクもモーター教徒だけど、所属という意味ではここじゃないね。ボクは総本山の人間だから」


 出張中なのだろうか。

 でも、何故、総本山の人がレーヴル王国まで来ているのだろう。

 しかも、無遠慮な彼の態度を眺めていると、上に立つ者特有の、堂々とした自信や、傲慢さが垣間見える。


 そのとき、シャールが私の袖を引き、少年には聞こえないように耳元で囁いた。


「あいつはおそらく聖人だ。過去に見た聖人と同じ格好をしている」

「……!」


 こんなに早く聖人を目にすることが叶うなんて思ってもみなかった。


(そっか、だから私の魔法を見抜けたのね? やっぱり聖人は、普通の魔法使いよりも深い知識を持っているのだわ……モーター教の総本山で教育されるのかも)

 

 で、その聖人に魔法使いであることがばれてしまった。今はそういう状況だ。


「ねえ、君はレーヴル王国の魔法使い? どうして、選ばれた者にしか授けられない魔法を使えるの? なんでこんな時期に、魔法使いの身でマンブル大聖堂へ入ってきたの? ボクに喧嘩売ってる? あはっ、いいねえ! こういうのを待っていたんだよ!」


 意味不明な言葉を前に、私とシャールはびっくりして、ご機嫌な少年を見た。


「この国を混乱に陥れた甲斐があったなぁ。ちょと鬱憤を晴らそうと思った程度だったけど、こんなに楽しいものが釣れるなんて……」


 いきなり何を言い出すのか。


(鬱憤を晴らす?)


 その程度の理由で、罪のない魔法使いを、ただでさえ肩身の狭い魔法使いをさらに苦しめたというのか。

 確認のため、私は敢えて彼に問いかける。

 

「あなたが魔法使いを排除し始めた張本人なのね」


 すると、私の質問を受けた少年は、にんまりと猫のような笑みを深めた。

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