第67話 伯爵夫人、変装魔法を拒否される
客室で少し休憩したあと、私とシャールは転移魔法で街へ出かけることにした。
城の者には、長旅で疲れたため休むと伝えてある。幸い、怪しまれなかった。
歓迎の宴諸々は明日以降の予定なので問題ない。
先ほど馬車ごと転移した地に座標を設定し、私とシャールは揃って移動する。
事件についての情報が少ないし、街の地理も把握し切れていないため、今日のところはひとまずカノンを置いていくことにした。
皆外に働きに出かけているのか、到着した裏通りは人がまばらで静かだ。
時折、住人とすれ違うが、特に異変は感じられない。
「大きな通りに出てみましょうか。人の多そうな場所がいいわ」
「それなら、向こうの方角に広場があったはずだ」
シャールはきちんと王都の地図を覚えていた。
私は今世の地理をまだ理解し切れておらず、道に迷いやすいので助かる。魔法に頼ることはできるが、使いすぎると体調を崩して倒れるため不便だ。
「ほら、手を出せ」
「……?」
訳がわからず差し出した手を無造作に握り、シャールはずんずん路地を抜けていく。
「あ、待って。早いってば……」
病弱なラムに、長距離を早歩きすることは困難だ。
足を動かしながら訴えると、シャールは私を見て首を傾げた。
「……なら、いつものように抱き上げるか?」
「う、浮いていくから」
「魔法使いだとばれると問題が起こるだろ」
「そうだった。じゃあ、少しゆっくり進んで?」
体調不良を起こしたときのように、横抱きで移動となると悪目立ちしそうだ。それは勘弁して欲しい。
シャールはもの言いたげに私を見たが、結局並んで歩いてくれた。
頭上に洗濯物がはためく乾いた路地を抜けると、大勢の人々で賑わう通りに出た。
「ここが王都で一番広い道だな。正面に広場があって、周辺に店も建っている」
「あら、あそこの大きな建物は……」
「モーター教の大聖堂だな」
「さすが……いろんな国にあるのね」
「この辺りの国は全て、王都に大聖堂があったはずだ」
王都の中心地だけあって、広場周辺はとても賑やかだ。
現に今も、ピエロの格好をした大道芸人が道端で芸を披露……
(待って。あれ、芸じゃないわ)
ピエロがくねくねと踊りながら、人々に何かを訴えている。彼の手には『魔法使いへの差別反対!』と書かれた看板がある。
「ヒョォォォィ! ヒォォォイ! ハンタイ! ハンタイ! 我は、魔法使いぞ!」
奇声を上げながら看板を振り回す光景は異様だ。
ちょっと遠巻きにしたいと考えているのは私だけでなく、街を歩く人々も気味悪そうにピエロを見ていた。
(なんなの、あの人は)
魔法使いへの差別に反対している味方? のはずなのに、ちょっと嫌だ……
シャールもうさんくさげにピエロを眺めている。
「あれは魔法使いじゃなさそうだ。モーター教の大聖堂の正面で大騒ぎしても、誰一人止めに来やしない」
「……確かに」
「むしろ、ピエロが騒げば騒ぐほど、一般人の魔法使いへの印象が悪化する。わざと放置しているのではと思ってしまうな」
「そうかも。もしかして、魔法使いを排除したい側の人が、魔法使いのふりをしているとか?」
「王子の話からすると、それもありそうだ」
隣国の騒動は、ややこしいことになっている。
とりあえず、うるさいピエロにはこっそり眠りの魔法をかけておいた。普通に通行人の迷惑なので。
「フレーシュ殿下はどこかしら?」
「この辺りにはいないようだ。お前、追跡系の魔法はないのか?」
「あるけど、常時発動型だから魔力食いなの。予め追跡する本人と接触しなきゃならないし……」
「また倒れられても困る。使わなくて正解だ」
よくへたり込むせいか、シャールは私の体調にも気を配れるようになってきた。
「さて、ここにいても、詳しい情報はわからなさそう。モーター教の大聖堂に入ってみましょうか」
「ちょ、ちょっと待て」
シャールがギョッとした顔で私を振り返る。
「あら、駄目だった?」
「駄目というわけではないが……隣国とはいえ私たちの顔が割れていたら、厄介なことになる。魔法使いを嫌う宗教だからな」
「変装して誤魔化せばオーケーって意味ね! 模様替えの応用で髪色や目の色を変える魔法があるわ」
「……嫌な予感しかしないのだが」
慌てて路地へ逃げ込もうと走るシャールに、私は後ろから色替えの魔法をぶっかけた。
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