第66話 聖人と聖騎士と司教
部屋に残されたのは、私とシャールだけになった。
「で、ラム……なんで、前世のお前の弟子が、お前に求婚してくるんだ?」
シャールが、少し機嫌の悪そうな顔で妻に問う。浮気を疑ったのだろうか。
(でもこの場合、不可抗力よね? 私はフレーシュのことを息子みたいに思っているし)
誤解を解くため、憮然とした表情の夫に向けて説明した。
「あの子と会うのは、今日が初めてよ。どうして求婚されたかまではわからないけど……一人で寂しかったんじゃないかしら?」
「おい、あいつはいい大人だぞ? しかも、王子だ。一人で寂しいとか、そんな年端もいかないガキのようなこと言うわけがないだろ」
「……そうかも」
前世のフレーシュに出会ったのは、まだ彼が十歳に満たない頃だった。
だから、私は未だにあの子を子供扱いしてしまう。
「詳しく話を聞けなかったけど、フレーシュ殿下にも前世の記憶がある。私たちと同じような人が、他にもいるかもね。私は自分がどうして死んで、なんで転生できたのか理由を知らない。でも、あの子なら何か解るかしら?」
「なんにせよ、ここへ呼ばれて理由は、王子がお前の記憶を確認したかったというだけだろう。目的は果たされた……明日には帰るぞ」
シャールは強引に私の手を取り、立ち上がった。
「そうね……と言いたいところだけど、少し気になることがあるの。フレーシュ殿下の言っていた、魔法使いの迫害についてよ」
「……お前、まさか首を突っ込む気か? 他国の問題だぞ?」
若干嫌そうな顔になるシャールに私は自分の考えを述べる。
「そうね、今はレーヴル王国だけの問題ね。でも、それがテット王国へ波及しないとも限らない。このまま魔法使いが肩身の狭い思いをし続ければ、いつか魔法使い自体がいなくなってしまうかも。四百年前の魔法使い狩りを繰り返させてはいけないわ」
「だが……勝手なことをしては、国際的に……」
「こっそり手伝っちゃえばいいのよ! うふふ!」
せっかくだから、シャールに隠蔽魔法を教えてあげましょう。
攻撃魔法や転移魔法は覚えたけれど、まだまだ知らない魔法が残っている。
私はシャールに向き直り、にっこり微笑んだ。
※
真っ黒な大理石で作られた、冷たく無機質な回廊――
その最奥にある関係者のみ出入りを許された祭壇の前で、レーヴル王国最大のモーター教拠点、マンブル大聖堂の司祭エーヌはガタガタと震えていた。
彼の傍にはフードを目深に被る小柄な男と、大剣を背中に提げた黒の鎧を纏う騎士が立っている。
「カオ様、まだこのような騒動を続けられるのですか?」
名を呼ばれた、フードを被った男は口元をつり上げてにやりと笑う。
「だってさ、つまんないじゃん? ばらまいたゾンビリーパーも、カニババットもなんの成果も上げないまま消えちゃったし? ボク、まだまだ遊び足りないんだよ~」
「で、ですが、これ以上王都を混乱させると、国全体が荒れてしまいます」
「え~? そんなの、知ったことじゃないし~? 勝手に勘違いして暴れてる、あいつらが悪いんだし~? 簡単に扇動されて、これだから無能な愚民は」
「しかし、カオ様、王族たちも動き出したようですし……」
エーヌはなんとか厄介な訪問者に、穏便に出て行ってもらおうと必死だった。
モーター教の司教であるものの、もともと、争いごとは嫌いだ。
平和に、そこそこおいしい思いができれば、それでいいのである。
レーヴル王国の国力低下までは望んでいない。
むしろ、王都の治安が荒れ、自分の生活環境も悪くなる事態は避けたい。
そんなエーヌの喉元に、キラリと剣が突きつけられる。
「ひいっ!?」
見ると、いつの間にかカオに付き従う騎士が大剣を抜刀していた。
しかも、剣先からバチバチと雷のような光がほとばしる。
(こいつ、魔法を使える。聖騎士だったのか……!!)
へなへなと腰を抜かしたエーヌは、それ以上、何も言葉が出てこない。
「こらこら~、ミュスクル。司教に剣を向けちゃダメでしょ~?」
「…………」
「この人には、これからも、レーヴル王国を見張っていてもらわなきゃいけないんだから。大丈夫だって~、ちょっと遊んだら総本山に帰るよ~っ!」
注意された聖騎士――ミュスクルは渋々といった感じで、エーヌの体から剣を遠ざけた。
(えらいもんが来てしまった……)
聖人はモーター教に十人しかいない、魔法のエリートだ。しかも、大半が倫理観がぶっ飛んだ者たちである。彼らに敵う相手など、教皇くらいだ。
(なんでもいいから、早く出て行ってくれ!)
エーヌは必死の形相で、モーター神に祈りを捧げた。
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