第65話 弟子と息子と水魔法

 部下に頼まれたフレーシュは、騒ぎを収めるため急遽出かけることになり、私たちは客室へ案内されると決まった。


「フレーシュ殿下、何か手伝えないかしら?」

「師匠に迷惑はかけられない。僕なら大丈夫」


 王子はお付きの人に私たちを任せ、その場を去って行ってしまった。

 見送っていると、またしてもぐっと腕を引きよせられる。しかも、引っ張る手は二本だ。

  

「ラム……」

「母上……」


 燃えるような赤い目と、海のように青い目が、揃って私に向けられていた。

 

(シャールはともかく、カノンにはなんて説明しよう?)


 そのあと、客室へ案内されてもてなされる。

 本当はフレーシュが応対する予定だったが、思いがけず家族だけの時間となった。

 テーブルの上には、この国ならではのお茶やお菓子が並んでいる。


「それで、ラム……あいつとお前は知り合いなのか?」


 他国の王子を「あいつ」呼ばわり。さすが、シャールだ。


「古い知り合いよ。あの子も私と同じ……」


 チラリとカノンの方を見る。彼には五百年前の記憶の件を話していない。

 すると、何かを察したシャールが、カノンを擁護するような発言をした。


「構わないだろう。カノンは学舎を卒業し、これから次の伯爵になる」

「メルキュール家のために、私の事情を把握しておいた方がいいと?」

「こいつだけじゃない。フエやバルにも伝えるべきだ。もちろん、最終的な判断はお前に任せる」


 シャールもまた成長している。

 家のため、皆の将来のために、自分の頭で考えて、意見できるようになった。

 

(当主らしさが、さらに出てきたわ)

 

 そうなれば、今度は私が悩む番だ。彼らにとって、自分にとって、何が一番良い選択なのかを。


 病弱設定で誤魔化してきたが、カノンは一応頷いているだけで、本心では信じていない気がする。彼が学舎を卒業してからは一緒に暮らしているし、親子としての時間も増えた。

 いずれは、誤魔化しが通じなくなるというのはわかっている。

 小さくため息をつき、私はシャールやカノンの方を向いた。

「どこから話せばいいのかしらね。カノン、あなたには言っていなかったけれど、私には五百年前に生きた人間の記憶があるの。いわゆる、転生ってやつね」

 

 どこかでその答えを予測していたようで、カノンは特に動じなかった。

 

「驚かないのね」

「母上の病弱設定には無理が多かったので」

 

 思ったよりも冷静で大人びている。

 私の前では、意識して子供らしい一面を出していたのだろうか。


「ここの第一王子は私と同じで過去の記憶を持った人間。それも、前世の知り合いなのよ。魔法の痕跡に気づいて、接触を図ってきたみたい」

「……あいつとはどういった関係だった? 結婚だなどと、おかしなことを抜かしていたが」

「彼は私の二番弟子。今世と一緒で、前世でも子供に魔法を教えていたの。結婚とか言っていたのは……単に、寂しかったんじゃないかしら?」


 王子が自分と同じで私から魔法を習う立場だったと知り、カノンがぱしぱしと瞬きする。


「カノン、あなたに以前貸した魔法書に、水魔法が沢山載っていたでしょう? あそこに書かれた多くの魔法は、前世のフレーシュ殿下が作ったり使ったりしていたものよ」

「あの魔法、王子が!?」

「ええ……って、カノンどうしたの?」


 カノンは無表情になり、静かに私に言った。

 

「悔しいです。僕も自分で魔法を開発してみせます」

「えっ……?」


 同じ水魔法が得意な者として、カノンはフレーシュに対抗意識を持ったようだ。


(フレーシュは、細かな魔法制御や感情制御が苦手だから、どうしても一つ一つが大技になりがちなのよね。逆にカノンは正確にきっちり魔法を制御したい派。魔法のコントロールが上手だけれど、慎重すぎて冒険できないから応用が利かない)

 

 二人を足して割れば、ちょうどいい魔法の使い手になりそうだ。

 話し終えたところで、シャールがカノンに部屋に戻って休むようにと伝えた。

 カノンは素直に応じ、自分のために用意された部屋に移動する。

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