2章

第59話 メルキュール家と徒弟制度

 大陸の西端に位置するテット王国はこれといって目立たない小国だ。

 海や川に恵まれているが、さほど広くない。

 テット王国は東をレーヴル王国、南をデジール王国に接しており、大国の顔色を窺いながら細々と生き長らえている。

 よい立地にある小国の割に無事なのは、東のレーヴル王国と南のデジール王国がお互いを牽制し合っているからだった。

 二国は同じくらいの国力を持ち、仮に片方がテット王国に攻め入れば、片方がテット王国を味方すると言われている。ひとたび戦いが始まれば被害は甚大だ。

 そういうわけで、未だ争いは発生せず、均衡状態が続いている。

 

 今、そんなテット王国の王宮で落ち着きなく歩き回る男がいた。

 現国王のスピール二世である。


「なぜじゃ? どうして、このような事態に陥った!? レーヴル王国の第一王子が乗り込んでくるなんて。一体、隣国は何を企んでおる!?」


 王子は城だけでなく、セルヴォー大聖堂にも押しかけたらしい。

 そして、偶然知った人身売買の件をネタに「これ以上騒ぎを大きくしたくないなら言うことを聞け」と司教を通じてスピール二世にも脅しをかけてきた。

 内容が「テット王国の貴族、メルキュール伯爵夫人をレーヴル王国へ派遣しろ」だなんて……

 

「なんだ? 本当に何が目的なんだ? 訳がわからんっ!」


 デジール王国を警戒するなら、レーヴル王国は滅多な行動を取れないはずだ。

 伯爵夫人の派遣程度では問題なかろうが、何を考えているのか読めない。

 

「面識が全くないのに、会ってどうするのだ!? 伯爵ならともかく、夫人は何の権限も持たない弱々しい女性なのに……」

 

 調べれば調べるほど、謎は深まるばかり。

 スピール二世はこの日も悶々と悩み続けるのだった。


 

 ※

 

 今の世界は五百年前とは大きく変わってしまった。

 

 かつて自由だった魔法はモーター教により、ただの戦闘手段として扱われ、実務的なもの以外は無駄だと葬り去られた。

 魔法を学ぶ方法も、軍隊の訓練のような画一的なものに染められている。

 私――ラムの住み処であるメルキュール家も、その例に漏れなかった。

 

 五百年の間に多くの魔法を消したのは、つまらない方針に変えたのは誰?

 どうして、そんな真似を行う必要があった?

 

 かつての楽しい魔法を取り戻すべく、私は酷い方法で魔法使いを育てていたメルキュール家を通じて動くことに決める。

 もちろん、歪んだ家の価値観を少しずつ改善しながら。

 当主のシャールと話し、双子と良好な関係を築き、子供たちに魔法を教え……

 そのようにして、ラムの結婚から半年以上が過ぎた。


 いよいよ、最年長の子供たちが学舎を卒業する日がやって来た。

 カノン、ミーヌ、ボンブ――十五歳だった三人組は今年で十六歳になるので、これからは実務の仕事に就くのだ。

 万年人手不足のメルキュール家としては、三人組の卒業はありがたいだろう。

 子供たちの卒業に当たり、私はシャールにある提案をした。


「五百年前の話だけれど、魔法使いって基本徒弟制度なのよ。メルキュール家でも、そういう方針を採ってみない?」


 ファンシーな執務室の中、苺柄の机に頬杖をつくシャールはいぶかしげな表情を浮かべて私を見る。

 

「……なんだそれは?」

 もう夜なので、フエやバルは部屋に戻っていた。

 部屋に残ったのは、私とシャールだけ。


「師となる魔法使いが、自分の弟子を取るの。師は責任を持って弟子を一人前の魔法使いに育てるのよ。かつて、私にも三人弟子がいたわ。皆、可愛い子たちだった」

「そうか。だが、誰が弟子を取るんだ?」


 これについて、私にはいい考えがあった。

 

「あなたと双子がそれぞれ弟子を取るのはどう? メルキュール家の仕事も覚えられるし、同時進行で魔法だって習えるから、よい考えだと思うの」

「具体的には?」

「シャールがカノン、フエがミーヌ、バルがボンブを教えればいいわ。カノンは次期当主だからあなたが面倒を見て、ミーヌは観察力に優れているから補佐職のフエにつけて。ボンブは元気を持て余し気味だから外での仕事が多いバルに同行するのが合うんじゃないかしら」

 

 それぞれで弟子を育ててもらい、私は全体を補佐したいと思っている。


「なるほどな。だが、私は忙しい」

「あら、次期伯爵のカノンには、どのみちあなたの教育が必要よ?」


 これを機に、シャールとカノンがもっと仲良くなって欲しい。

 未来のメルキュール家のためにも、家族の絆が深まることは必須なのだ。

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