第60話 伯爵夫人は手紙を受け取る

 翌日、ちょっとした騒ぎが起こった。

 王宮から私宛に手紙が届いたのだ。しかも封筒が既に開いている。

 

「シャール……もしかして、先に読んだ?」

 

 朝食の席で私は夫にじっとりとした視線を送った。

 最近は長期出張の仕事が入らないので、夫婦で一緒に食事を取ることが増えたのだ。

 

「ああ、読んだ。相手が相手だからな。それに、何が仕掛けられているかわかったものではないから確認が必要だ」

「なるほど。王宮と過去に何かあったわけね」

「毒や起爆魔法道具が入っていた。王宮も一枚岩ではない。うちに対して、複雑な思いを抱く輩も多いからな」

 

 なんでもないことのようにシャールは告げる。本当にこの家は闇が深い。

 私は受け取った手紙を封筒から出し目を落とす。

 

「隣国レーヴル王国からの招待? なんで、私宛てに?」

「不可解な話だな」

 

 社交界でもぱっとしないメルキュール伯爵夫人である私は、他国の人間とは一切面識がない。なんせ、つい最近まで重度の引きこもりだったので!

 そんな私にどうしてこんな手紙が来るのか、正直言って意味がわからない。


「あら、しかも……レーヴル王国の第一王子が言い出しっぺみたいね。うちの国王は、相手の意向に従うようにと命令を下したそうよ」

「そのようだな。残念ながら、うちに拒否権はない」

「国王の命令ですものね、仕方がないわ。どうして当主のシャールではなく、目立たない夫人の私なのかしらね。毒にも薬にもならない存在だと思うのだけれど」

「猛毒劇薬の間違いだろう……」

 

 シャールが失礼な発言をする。でも彼の顔は笑っていた。


「とにかくだ。いくら他国の王族でも、面識のない伯爵夫人をいきなり呼び出すのはいささか常識に欠ける。そういうわけで、隣国へ向かう際は夫である私も同行しよう」

「普通はそうよね。メルキュール家の仕事は大丈夫?」

「ああ、ここのところ仕事自体が減った。近頃は魔獣の発生が緩やかだからな」

「だったら、ぜひお願いしたいわ。この国の常識をやっと覚えたところなのに、いきなり隣国王族との面会はきついと思っていたの。マナー違反をやらかして、メルキュール家が責められる事態は避けたいし」


 イボワール男爵家にいた頃、ラムは碌な教育を受けていなかった。同じく教育費を惜しまれた妹二人がアレなのでお察しである。

 お金があるのに、両親や妹は贅沢な生活ばかりを重視した。

 

 記憶を思い出してからの私は、シャールやフエに助けられつつ、一人でせっせと勉強した。メルキュール家の特殊な事情により、質の良い女性の家庭教師を雇うのが難しかったからだ。


(メルキュール家って、他の貴族から遠巻きにされがちだし)


 魔法使いを利用しようとして、または美貌に惹かれてシャールに近寄る者は後を絶たないけれど、対等な貴族として接してくる相手はいない。

 モーター教に睨まれるのを恐れていたり、魔力持ちを蔑視していたりするのだろう。

 あと、シャールはそこまで社交的な性格ではないから、反感を買う部分もあるかもしれない。


「そうだわ。せっかくだから、カノンも連れて行きましょう」

「……理由を聞いても?」

「親子の時間の確保と、次期伯爵のための社会勉強よ!」

「昨日話していた徒弟制度の一環か?」

「ええ、そんな感じ」


 シャールは少し考えたあと、おもむろに頷いた。


「好きにしろ」


 同意を得た私は、食事を終えるとすぐにカノンの部屋へ向かったのだった。

 

 学舎を卒業した子供は、メルキュール家の敷地内にそれぞれ部屋を与えられる。

 カノンは私たちと同じ建物。ミーヌとボンブは双子たちと同じ従者用の建物だ。

 従者用といえど立派な建物で、メンバーが少ない今は広々とした個人部屋を使えるのだとか。これからは、お給料も発生するので二人は喜んでいる。

 

 廊下を進んで階段を上った私は、カノンの部屋の扉をそっとノックする。

 すぐに扉が開き、カノンが顔を覗かせた。


「あ、母上……」

「遅くにごめんなさいね、カノン。あなたにお話ししたいことがあって」


 私は隣国へ向かう旨をカノンに伝える。


「本当に一緒に行っていいんですか?」

「ええ、あなたの勉強にもなると思うし。シャールから色々教えてもらうといいわ」


 父親の名前を出した途端、カノンの瞳が曇った。やはり、まだシャールが苦手みたいだ。

 とっつきにくそうな父親だものね。

 シャールは悪い人間ではないが、取り繕うことをしないので他者に恐れを抱かれやすい。記憶が戻るまでの私も、理由なく彼を怖がっていた。

 

(頑張って、親子の仲を取り持たないと!)


 俄然やる気になった私は、隣国への旅の準備にとりかかった。

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