第57話 帰宅する伯爵夫人と囚われの毛玉

「やれやれ、つまらぬ者を大量にしばいてしまったわ」


 パンパンと手を払い、私は辺り一帯に積み重なるカニバ・バットを確認した。

 攫われた令嬢たちが、恐る恐る顔を上げる。


「全滅しましたの?」

 

 唯一会話できた令嬢のジョーヌが、おどおどしながら問いかける。


「ここにいる魔獣はね」


 建物の中で伸びていた誘拐犯を全員捕まえ、令嬢たちの身元を確認する。


 一応聞いてはみたものの、記憶が戻るまでのラムが引きこもりだったせいで、誰がどこのどういった貴族かわからない。


(とりあえず、家に帰してあげればいいわよね)


 令嬢からの聞き取りに手間取っていると、空からバサリと誰かが降ってきて背後に着地した。

 びっくりして振り返ると、伝言の地図を片手に持ったシャールが無言でこちらを見ている。慣れない魔法で転移してきたようだ。


「……片付いたらしいな」

「シャール、迎えに来てくれたの?」

「遅かったようだがな。このカニバ・バットの群れはなんだ?」

「向こうの森で発生したみたい。ゾンビリーパーと一緒で不自然な動きだわ」

 

 シャールは辺りを観察して頷く。


「どこぞの馬鹿がいらん真似をしたのだろう。魔法を使い、魔獣を弄れる相手となると、限られては来るがな」


 国内の魔法使いはメルキュール家だけだし、彼らには魔獣を弄る技術はない。不可解なことだ。

 

「使者と令嬢のもとには双子とガキ共が向かっている。そのうち連絡が来るだろう」

「ちょっと、子供たちを行かせて危険はないの?」

「あると思うか? あの面子で。お前は新しい魔法を覚えたガキ共を過小評価しすぎだ。それに連れて行けと言い出したのはあいつらだぞ」


 ぶっきらぼうに告げると、シャールは片手を差し出した。


「おい、これだけの魔獣を倒して体調は大丈夫なんだろうな? 顔色が悪い、さっさと帰……」

「あ、待って、シャール。この子たちを親元へ送り届けないと。誘拐犯も」

「事後処理は双子に任せればいい。とりあえず、屋敷まで転移するか」


 まだ慣れないというのに、シャールは転移の魔法をまた使ってみせる。

 荒々しくて雑だけれど、短期間で覚えたにしては上手だ。

 令嬢や誘拐犯も含め、私たちはメルキュール家の庭へ移動した。


「あっ、母上!」


 シャールに手を引かれた私のもとへ、先に戻ったカノンが走ってくる。

 彼の後ろに氷づけの毛玉が見えるけれど……あれはなんなのかしら?

 ところどころ、毛がチリチリに焦げている。

 

(嘘をつくと毛が伸びる魔法を令嬢や使者にかけたけれど。もしかして……)

 

 そんなことが頭をよぎったが、あそこまで毛がボーボーになるのは異常だ。

 普通は、ちょっとフサッとするくらいである。


(あの毛玉たちはどれだけ嘘を重ねたのかしら)


 カノンは私の前まで来て足を止める。

 

「ご無事で良かったです。悪者たちは僕らが捕まえて、死なない程度に尋問しました」

「へっ……尋問?」

「はい! あまり大きな魔法は使えないので、学舎の三人で工夫して脅したんですよ。双子には及第点をもらえました!」


 褒めてと言うようにカノンは目を輝かせる。普段は落ち着いているが、今日の彼は年相応の少年に見えた。内容はアレだけれど。

 

「そ、そう。よく頑張ったわね、偉いわ」

 

 息子を褒めたあと、残りの二人もやってきたので、同じように働きを称えた。

 司教補佐は取り調べの続きがあるのだとか。双子がいないので彼らが担当なのだろう。


「カノン、令嬢たちを客室へ案内しろ。できるな?」


 父親に見下ろされたカノンは、神妙に頷く。


「はい、お任せください」

「私は先にラムを部屋まで連れて行く。あとの二人も、カノンを手伝ってやれ」


 ミーヌとボンブが揃って「はい!」と返事した。

 子供たちと別れ、私はシャールと一緒に部屋へ向かう。


「あの、シャール、大丈夫よ? そこまで体調は悪くないわ」

「……先ほどより、さらに顔色が白くなっている。運ぶぞ」


 シャールは問答無用で私を担ぎ上げて部屋へ連行した。


 

 ※


 同じ頃、隣国レーヴル王国第一王子フレーシュ・レネ・レーヴルは隣国の方角にある空を見上げていた。


「また、強力な魔法の気配。この間と同一人物かな?」

 

 大きな魔法を使用すると、魔法の気配に敏感な人間は遠方からでもそれに気づくことができる。フレーシュは特に魔法の感知能力に長けていた。

 外を眺めていると、扉の外からノックの音と部下の声が聞こえる。


「フレーシュ様! 隣国に潜ませた間者から報告が……!」


 扉を開けると、部下が白紙の報告書を差し出した。

 片眉を上げたフレーシュが手をかざすと、報告書に文字が浮かび上がる。

 

 これはフレーシュの作り上げた魔法道具で、遠方の相手から時間をおかずに報告が受け取れる優れものだ。

 そこには、先ほどの魔法についての記述があった。

 前回の魔法については結局何も判明しなかったが、今回は王都付近にいた間者の一人が偶然情報を掴んだようだ。


「王都のすぐ近く、クリミネの町? メルキュール家の者が使った?」


 その家の名前はフレーシュも聞いたことがある。

 隣のテット王国に飼い殺されている魔法使いの貴族だ。

 実力はさほどではなく、今まで気に留めずにいたが……


(あの魔法の気配、僕の知る人にとっても似ているんだよね。無視できないほどに)


 外交にかこつけて、なんとかメルキュール家と接触する方法はないだろうか。

 考えごとをするフレーシュの心はわくわくと弾んだ。


 しかし、部下の後ろからフレーシュの世話係である侍従が現れ、急激にテンションが下がる。


「フレーシュ様! また、全身ワカメ柄の衣装なんかを身につけて……! 人前に出るときは気をつけてくださいとあれほど申し上げましたのに!」

「え~……ワカメ可愛いのに。じゃあ、あっちの……」

「グリルチキン柄もダメです!」

 

 せっつかれたフレーシュは扉を閉め、嫌々侍従に着替えさせられるのだった。

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