第56話 ようこそ毛玉部屋へ
リリロッサは不安に駆られていた。先ほどから、自分の体が変なのだ。
いや、自分だけではない他の令嬢も、司教補佐もおかしな事態に陥っている。
(なんだか腕がとても毛深くなったような? きちんとメイドに処理を任せていますのに……)
周りの令嬢も眉毛や産毛が明らかに濃く長く変化している。司教補佐の髭や鼻毛も伸びていた。
しかも、彼だけなんか臭い。
(なんですの、このおかしな現象は)
一瞬で全身毛深くなることなんてあるだろうか。
不安を紛らわせようと、リリロッサは会話を続ける。
「ちょっとあなた、お肌のお手入れを怠けているのではなくて? わたくしの取り巻き失格ですわよ」
「んまあ! 申し訳ございません。ムダ毛のお手入れも完璧なリリロッサ様を見習って、精進いたします」
答えた令嬢の眉毛がさらに伸びて顔面に垂れ下がった。さすがに違和感を抱いたのか、令嬢は謎の毛束を手に取り「ひいっ!?」と息を呑む。
他の令嬢はこわばった笑顔でリリロッサの眉毛と令嬢の眉毛を見比べていた。
わかっている。自分の眉毛も多少伸びているのだろう。
「……わたくしも、もっと精進しなければなりませんわね」
「んまあ! リリロッサ様は今のままで完璧ですわ!」
「その通りです! 令嬢の鏡なのですから!」
「心がけが素晴らしいですわ! さすがですわ!」
しかし、令嬢が話すごとに、彼女たちの毛はどんどん伸びていく。
口には出さないが、全員が全員同じことを考えていた。
(なんで、どうしてこんな事態に? このままじゃ、屋敷にも帰れないわ。こんなに濃い毛が全身に生えてくるなんて、嫌ーーーーっ!)
※
カノンたちはシャールと別れ、双子と共に指示された目的地を目指した。
母ラムの元へは父シャールが一人で向かうという。
『ラムもいることだし、あちらは私一人で十分だ。お前たちはこの場所へ向かってくれ、ラムが一時的に留まっていた場所だ。きっと何かある』
母の伝言にあった地図には魔法がかかっており、彼女の現在地が示されていた。
その中に、父が印を付けた箇所がある。
指定されたのは、王都を出てすぐの森だった。
途中まで母の残した転移魔法で移動し、そこから先へは父の雑な魔法で飛ばされる。
母の妹たちが屋敷へ押し寄せてきた際に、男爵家へ送り返した魔法らしい。
(話には聞いていたけれど、大雑把な魔法だな……)
自分と双子は着地に成功したが、ミーヌやボンブは地面に投げ出される。
転移魔法は複雑で、まだ父以外は使えないのだ。父でさえ、正確な座標の指定に苦戦している。
彼らが立ち上がったのを確認し周囲を見回すと、目の前に小さな山小屋が建っていた。
怪しい……!
「大勢の気配がするね」
「そうですね。ちゃっちゃと片付けましょう」
双子が先に近づき扉を勢いよく開け……その場で固まる。
そこには、全身毛むくじゃらの謎の生き物が不気味にひしめき合っていた。
モフモフ……いや、モジャモジャしている。
しかも、なんか一匹臭い……
「なんだろう、これは?」
よく見ると、毛の中にカラフルな布が見える。おそらくドレスの生地だ。
ということは、もともと人だったのだろうか。
カノンは首を傾げた。
「……奥様がやったね」
双子の片割れであるバルが、なぜか確信めいた顔で言った。
「ええ、間違いありません。十中八九奥様の仕業です……悪臭魔法はおやめくださいと、あれだけお願いしたのに」
フエはとても嫌そうに臭いの発生源から距離を取る。
「この毛玉と母上はなんの関係があるのです?」
カノンの問いかけには、双子ではなく毛玉が答えた。
「こ、これが、メルキュール伯爵夫人の仕業ですってぇ!? あの女、なんという忌ま忌ましい真似を! やはり、売らずに消しておくべきだったわ!」
「ちょっと、リリロッサ様。彼らは、メルキュール家の者たちですわ。魔法を解いていただけるかも……」
「お前たち、黙らぬか!」
若い女性の声ばかりが響く中、一人だけ男性の声が上がる。
フエが素早くそちらに目を向けた。
「その声……セルヴォー大聖堂の使者殿では?」
「はて? 人違いではないか? それはそうと、さっさとこの魔法を解かぬか!」
怒った毛玉だが、喋り終わると共にズズズッと毛が増えた。
「そうですわ! わたくしたちを元の姿に戻しなさい! わたくしたちは、メルキュール伯爵夫人と関係ありませんわ!」
キーキー喚く毛玉の毛もザザザッと伸びた。
(喋ると伸びる? いや、最初の会話では変化がなかった。ということは、嘘をつくと伸びるのか?)
そこへ、ミーヌとボンブが割り込んでくる。
「この、毛玉お化け! よくも奥様を売ろうとしたわね? 争いごとは嫌いだけど、過去に売られた身としては誘拐なんて許せない。整地してやる!」
「俺も許さねえぞ! うおぉ、燃やしてやる!」
意気込む二人に向け、双子が告げた。
「こらこら死人を出しちゃ駄目だよ? 事情聴取とかあるんだから」
「そうですよ。きちんと捕まえなければ……というわけで、訓練課題としてあなたたちに捕縛を任せます。尋問の練習もしましょう」
バルはともかく、フエは面倒なので二人に仕事を投げただけな気がする。
彼は昔から、サボリが上手なのだ。
ミーヌとボンブは嬉しそうに顔を輝かせ、毛玉の群れに突っ込んでいった。
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