第55話 伯爵夫人の単独狩猟

 縄を解いた令嬢たちを建物から脱出させ、周囲の様子を窺う。私を捕らえた男たちはいなかった。


「それにしても、ここはどこ?」

 

 赤茶けた土がむき出しの道の先には、見たことがない簡素な集落がある。

 首をひねっていると、令嬢の一人が恐る恐る話しかけてきた。

 

「あの……おそらく、比較的王都に近いクリミネの町だと思います。ならず者ばかりが集う場所だと聞いた記憶がありますわ。王族や貴族と繋がりのある犯罪者が潜伏するそうで、森の傍に隠れるように作られた臨時集落と……」

「なるほど。犯罪者は王族貴族だけでなく、モーター教とも繋がってっていたわけね。まったく、今世の支配層は揃って碌なことをしないわね」

「逃げ出したりして大丈夫でしょうか?」

「平気よ。戻ってきたら返り討ちにしてやるわ。あなた、名前は? どういった経緯で攫われたの?」


 尋ねると、令嬢はおずおずと口を開いた。


「ルーシー子爵家のジョーヌですわ。貴族令嬢の反感を買ったせいで、彼女の雇った者に無理矢理攫われたのです」

「同じね。私は司教補佐の反感まで買ったみたいだけれど……」


 話していて、とある気配に気づく。付近で突如濃厚な魔獣の存在感が渦巻き始めた。


(森の方……いるわね。このタイミングで来るなんて)


 私の感じた気配。それは、魔獣の群れの接近、そして攻撃意志だ。

 

(偶然だろうけれど、町へ来たタイミングと被るなんて間の悪い。速く魔法陣を描いて、令嬢を移動させてしまいましょう。場所はここの地面でいいわよね……行き先は、とりあえずメルキュール家にでも設定しておきましょうか)


 舗装されていないむき出しの道なら遠慮なく線が引ける。

 しかし、私が魔法陣を完成させる前に誘拐犯たちが戻ってきてしまった。


「おい、なんで外に出ているんだ!?」

「こいつら、脱走しようとしたな? 逃げられると思うな!」


 ああ、もう、それどころではないのに。魔獣の気配に未だ誰一人として気づかない。


「ちょっと、あんたたち。急いでいるんだから邪魔しないで」

「なんだと?」

「聞こえないの?」

「……は? 何を言って……」


 そこで一人の誘拐犯がサッと表情を変えた。

 クリミネの町で生活しているだけあって、令嬢よりは気配に鋭いらしい。


「やべえ、魔獣の群れだ。お前ら、建物へ急げ!」


 慌てて声を上げるが、魔獣がこの場へ到達する方が速かった。

 空を真っ黒な影が覆っていく。


(……飛行型の魔獣ね。ゾンビリーパーに引き続き、不自然な大量発生だけれど)

 

 小型だけれど数の多いコウモリ型の魔獣、カニバ・バットだ。

 誘拐犯たちは我先にと建物へ入り、追いすがる令嬢たちを蹴り飛ばして扉を閉めた。

 仕方がないので魔法で防御壁を作り、自分ごと令嬢たちを囲み込む。


(これで中は安全ね)

 

 ほぼ同時に魔獣の群れが急降下して来たので、間一髪で免れた形だ。透明な防御壁はびくともしない。

 しかし、簡素な建物は魔獣の襲撃を防ぎきれず倒壊してしまった。続いて中から複数の悲鳴が聞こえる。

 カニバ・バットはがっつり肉食。小さいながらも獲物にしっかり密着して噛みつく。

 集団だと、獲物全体を覆い隠すように貼り付きそうだ。

 

 聞きたいこともあるので、建物の方に凍結の魔法を放って、誘拐犯の命だけは助けてやった。恐怖で動けないのか傷ついているからか、一向に出てこないけれど。

 厚くて頑丈な氷が防御壁代わりになっているし、しばらく放っておいても大丈夫だろう。

 

 その間にも、カニバ・バットたちは町を蹂躙していく。

 この魔獣は獲物を求めて次から次へと人を襲う厄介な存在なのだ。


(単独行動を好み、集団にはならない種類なのに。誰かが魔獣に馬鹿な改悪でもしたのかしら? いずれにせよ、ここで全部退治しなきゃ駄目ね)


 町のあちらこちらで建物が壊されている。私は両手を上にかざした。

 大気が揺らぎ、防御壁を中心に風の渦ができ始める。続いて、その中をバチバチと小さな雷が流れた。

 渦が空中を舞うカニバ・バットを吸い寄せていく。そうして集められた魔獣たちに小さく数の多い雷がぶつかる。

 一瞬のうちに周囲の地面は真っ黒なカニバ・バットの亡骸で覆われた。

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