第43話 使者と伯爵家
本日の子供たちの授業は午前で終えている。
グルダンが事件を起こしたあと、私は子供たちに授業を受ける受けないは自由だと告げた。学舎に閉じ込められ毎日同じような日々を繰り返す彼らを不憫に思ったからだ。
魔法が使えなくとも生きていく術はあるし、メルキュール家の大多数の使用人は魔力がない。将来的に行き詰まっても雇うことはできた。
けれど、意外にも、どの子もそれを望まなかった。
急に「他に生きがいを探せ」と言われても、今までの暮らしを変えられないし、何も見いだせないといった迷子のような表情を見せる。
将来が決まっているカノンは仕方がないが、皆が皆そんな感じなので、学舎を存続することにしたのだ。
でも、せっかくなので、自立のためにも沢山の魔法を知ってもらい、魔法を楽しんでもらえるよう工夫しようと決めた。進んでメルキュール家で働きたいなら、それも一つの選択だ。今のところ、上手くいっている。
私自身も、前世ぶりに弟子を育てるのは楽しい。
客室の準備を確認していると、使者が来たと連絡があったので、シャールと揃ってその使者を出迎える。さすがのシャールも、モーター教には気を遣うようだ。
現れた使者もまた修道士で、ゆったりとしたチュニックとズボンを身につけ、首回りにはスカーフを巻いている。柄はモーター教のシンボルである赤と青のストライプだ。
頭はきれいに剃られ、毛一本も生えていない。
モーター教で、下位の修道士は頭を丸める決まりがあるのだ。
中年の使者は出迎えるシャールたちを冷たい瞳で一瞥し、あごひげを撫でながら不愉快そうに鼻を鳴らす。その仕草で、彼がメルキュール家を蔑んでいるのだとわかった。
「さっさと中へ案内せよ」
しかも、めちゃくちゃ偉そうだ。
(メルキュール家、一応伯爵家なんですけどね?)
この国では表向きはさておき、実際は王族や貴族よりモーター司教が権力を握っている。
実際に力を持つのは総本山なのだが、各地に司教を派遣し各国に内政に口を出すため彼らの勢力は侮れない。
(だからって、彼がシャールに向かって失礼な態度を取るのは……身分云々を差し置いても人としてどうかと思いますけどね? 仕事を依頼しに来たのでしょうに)
シャールは特に反応せず、言われた通り修道士を客室へと案内した。彼も難しい立場だろう。
(腹が立つわね)
出された食べ物や飲み物にも手を着けず、使者は用件だけを述べる。
どうしようか迷ったが、とりあえず黙ってなり行きを見守ることに決めた。
「国境のウラガン山脈の魔獣を一掃してもらいたい。隣国から凶暴なものが入り込んだと……数は数千に上る」
使者は淡々と依頼を告げる。
数千とはかなり規模が大きいし、「凶暴なもの」の種類によっては大惨事だ。
うちでは人数不足なのではと思わなくもない。
(もっと早くに情報が入ってきてもいいけれど、隣国の魔獣が山を越えてきたとか? それか、ぎりぎりまで様子見して、どうにもならなくなったところで投げてきたとか?)
この国は他国と陸続きで接しているので、国境付近のあれこれはややこしいのだ。
「知っての通り、我がメルキュール家は万年人手不足。今動ける大人だけでは三千の大群を全滅するのは難しい。まとまっていればいいが、山脈全体となると手分けする必要も出てくるしな。現状、大物の対処に当たれるのは私とバルとフエだけだ」
私の名前が抜けていますよー。
考えがあって、敢えて口に出さないのかもしれないけれど。
(全体的にシャールの言う通りなのよね、グルダンは牢屋だし。彼がいたとしても、ウラガン山は広すぎるわ。私なら探知もできるけれど、ここのメンバーは、そういった魔法を知らないだろうし)
難しい表情のシャールに向けて、使者が横柄な態度で命令する。
「なら、子供を出せばいいじゃないか。魔法を使える人間はいるんだろ?」
「凶暴な魔獣を相手取るにはまだ実力不足だ」
「噂とは違い、温い教育をしているのだな。使い物にならなければ意味がない。いざというときの兵士を作るのがお前の役目だろう。そんな役立たず共は廃棄しろ」
「廃棄……ねえ……」
シャールはフッと意味ありげに口の端を持ち上げる。ビリビリとした威圧のオーラが客室を覆った。
鋭い目に射貫かれ、使者はしばし言葉を発せないでいる。
文句を言うし蔑んで来るが、シャールのことは怖いらしい。
(普通にしていれば、シャールだって睨みはしないでしょうに)
目つきが良いわけではないし態度も尊大だが、仕事ならきちんと対応するはずだ。
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