第42話 招かれざるお客様について

 妹たちの事件が一段落し、私は今日も体力作りのために箒を振りまわしていた。

 シャールに借りを作ってしまったので、なんとかして返したいところである。

 最近はアウローラの写本をどんどん翻訳してシャールに渡したり、バルとフエと子供たちに魔法を教えたりと充実した日々を送っている。

 シャールの秘密の部屋にまたアウローラの絵が増えだけれど……勝手に飾るのは止めて欲しい。

 

 アウローラは歴史上に偉大な魔女として名前が残っており、歴史的な書物や歴史好きをターゲットにした商品などに絵が載っていたりする。

 似ているものから誰だこれというものまで幅広い絵が出回っているが、共通するのは薄緑色の髪を肩の上で切りそろえた若い女性という点だった。

 そして、私はこれらを「自分だった」と認識できる。

 

(昔の私、髪が短かったのよね)

 

 割と正確に作られているのは、過去の私を知る誰かが情報を遺したせいかもしれない。

 

(弟子たちかしら?)

 

 そもそも前世の私の死因はあやふやで……生まれ変わったことは理解できるのに、死んだ瞬間の出来事は今だに思い出せない。

 過去を思い返しながら箒をぶん回していると、少し慌てた様子のフエがやってきた。

 

(あら、珍しい)


 フエはいつもそつなく仕事をこなし、空き時間で上手にさぼる。

 双子でありながら、バルよりもちゃっかりしたところがあった。

 そんな彼が慌てているなんて、何があったのだろう。フエは私を見つけると、早口で話しかけてくる。


「奥様、シャール様に急な来客があります。少々難しい相手ですので、できれば部屋にいてくださると安心なのですが」

「あら、それは気になるわね。客って一体どこの誰なの?」

「王都のセルヴォー大聖堂から、司教様の使いの方が来られます」

「セルヴォー大聖堂といえば、モーター教の国内最大の拠点よね。魔法嫌いの宗教がメルキュール家になんの用かしら」

「奥様にはお話ししていませんでしたが、セルヴォー大聖堂は割とお得意さんなのですよ。魔法使いを毛嫌いしておきながら、好き勝手に私たちを利用して腹が立ちますけど。うちも難しい立場なので強く出られないんですよね。世知辛い世の中です」

「メルキュール家って微妙な立ち位置よね」


 記憶を取り戻し、シャールの書斎で様々な書物を読んで知ったことがある。

 それは、この国テット王国と世界各地に広がるモーター教との歪な関係性についてだ。

 

 そもそも、アウローラだった私が生きていた頃にはモーター教は存在しなかった。

 しかし、五百年の間に生まれた宗教は権力者の後押しもあって力を伸ばし、世界中に広がっていったらしい。

 この地には何度か国が興っては廃れ、名を変え……そうして今のテット王国に繋がっている。国土はかつてアウローラが生きた時代の半分に縮小され、華やかだった文化は消え去り、人々は余裕がなく利便性だけが取り沙汰される世の中へと変化した。

 そんな中で、現在のモーター教は王家をもしのぐ力を手にしている。

 

 世界各地に広まるモーター教の総本山は他国にあり、そこに教皇という絶対的な権力者が存在する。そして各国に部下を派遣し、それぞれの国で権力を握っているのだ。

 モーター教には独自の階級があり、総本山を司る教皇を頂点に、総本山勤務で彼の補佐を務める高位の枢機卿やその部下たちがいる。

 他国勤務の司教は各国のモーター教支部のトップという立ち位置で、その下に各地の教会勤めの司祭、見習いである助祭がいる。

 宗教によって役職は異なるが、あくまでモーター教の場合はそういう役割分担がなされていた。

 

 モーター教以外に他の宗教もいくつか存在するが、どれもモーター教ほど強大ではないし、名前が違えども根っこでモーター教と繋がるものも多い。また、モーター教から派生した宗教もある。

 

 つまり、モーター教の司教というのは発言権も大きく、特にテット王国ではそこらの貴族よりも立場が上……という厄介な人物なのである。

 

「依頼をお断りするわけにはいかないわよね?」

「そうですね、依頼を蹴れば王家もうるさいです。王家はさほど怖くないですが、面倒なのはモーター教の総本山ですね。魔法に長けたメルキュール家とはいえ、あそこは敵に回したくありません」

「たしか、総本山にはモーター教お抱えの魔法使い集団がいるのよね? とにかく強いっていう……」

「はい、総本山の聖騎士団――特に十聖人は特別な魔法教育を施され、各国の魔法使いの比ではないくらいの実力者だと言われています」

「魔法を否定するのに、専用の魔法使いを抱えるなんてありなの?」

「モーター教曰く、『自分たちが抱えているのは魔法使いでなく聖騎士や聖人なので問題ない』のだとか」

「屁理屈、ここに極まれりね」

 

 でも少しだけわかってきた。

 憶測に過ぎないけれど、その聖騎士や聖人たちは、昔の強力な魔法をたくさん知っているのではないだろうか。


(だったら、メルキュール家の実力をもっと上げちゃえばいいのよね。魔法使いの才能を持つ子もどんどん勧誘して……よーし、皆にいろいろな魔法をさらに伝授しましょう)


 未来の計画はさておき、司教の使者とやらは気になる。


「フエ、私もシャールやあなたと一緒に話を聞いていいかしら」

「それは構いませんが、おそらく嫌な思いをするかと。シャール様も心配なさるでしょう」

「いいの。セルヴォー大聖堂の人がどんな感じか見たいから」

「奥様は物好きですね。シャール様は客室にいるのでお話ししてみてください」

「そうするわ。ねえ、せっかくだから、お客様が来る前に客室も模様替え……」

「却下です。それに関してはシャール様より『承諾してはならない』と厳命されておりますので。聞けば奥様、学舎を全面的に模様替えしたそうではないですか。建物の外側までパステルカラーのフルーツ柄になったとバルが嘆いておりました」

「あら、そんなに喜んでもらえて嬉しいわ。小さな子たちも『素敵』って言ってくれたのよ」


 フエは「とにかく、客室の改装は絶対に駄目です」と頑なに言い張り、結局模様替えできないままで私はシャールたちとお客を待つことになった。

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