第44話 伯爵夫人はこっそり魔獣退治する

「急に来られて大規模な依頼をされても、我が家では引き受けられない。メルキュール家を滅ぼしたい意図がないのなら、聖騎士団に頼むことをお勧めする」


 メルキュール家は少数の強く凶暴な魔獣を相手取るには適しているが、人数を必要とする大がかりな掃討には向いていない……と、シャールは伝えた。

 事実その通りで、今までのメルキュール家は少数精鋭を生み出す教育をしている。

 それは国内の有力者なら承知のはずだった。

 途中で私が教育方針を変えたが、学舎の子供たちの数は少ないし、希望しない子まで魔獣退治にかり出したくない。


「そもそも、何故これほど魔獣被害が広がるまで放っておいた。初期の段階で知らされていれば手を打てたものを」

「う、うるさい、我々に指図をするな! お前等は黙って我らの命令を聞けばいいのだ!」

「命令……」

 

 シャールの威圧がますます強まり、部屋の温度がどんどん下がっていく。

 彼だけでなく私も腹を立てている上に、補佐として横に立つフエの表情も不穏だ。


「いずれにせよ、お前たちには『受ける』という回答以外許されん。我々に歯向かえば、聖騎士団や聖人様方が黙ってはいないからな! あの方々が動けば、お前等なんてひとたまりもないのだぞ! 定期的に仕事を与えてやっているのだから感謝しろ、魔法使いの価値なんてそのくらいだろう。僅かな機会に働かなくてどうするのだ、惰弱者共め!」


 概ねシャールの言うとおりである。


(だったら、聖ナントカの人たちが動いてくれれば早いのでは? メルキュール家がひとたまりもないくらい強いのなら、ウラガン山脈に出る魔獣なんて余裕で倒せるでしょ?)

 

 今までのメルキュール家では、そういった勢力を敵に回したくないという事情から、理不尽なセルヴォー大聖堂の要求に応え続けてきたという。

 シャールがあまり家にいなかったのは、こういう無茶振りに対応していたことも大きい。

 

「わかったら、早く書類にサインしろ! 今まで通りにな!」

 

 今にも気絶しそうな青い顔で使者は声を張り上げる。性格はともかく、なかなか根性はある。でも……腹が立つ!

 こんな要求を呑み続ければ、どんどん依頼は過酷になり、そのうちシャールやメルキュール家の者が倒れてしまうのは想像に難くない。

 代々の当主が短命かつメルキュール家の大人が極端に少ないのは、きっとセルヴォー大聖堂からの依頼も原因だ。


(はー……子供たちを出動させるなんてもってのほかだし、シャールの手前、表立ってこの人に楯突くと後が面倒かしら?)


 だからといって、素直に従うのも癪だ。

 私は客室から魔力を拡散させ、遥か先の国境沿いにあるウラガン山脈を覆うように探知魔法を発動する。久々に使ったせいか、範囲が広大すぎるからか、ちょっとしんどい。


(あー、はいはい、大量の魔獣発見。うじゃうじゃと隣の国から入ってきているわね。これは発生元が他国だから干渉できず、面倒くさくなってセルヴォー大聖堂側がメルキュール家に丸投げしたパターンね。ったく、最低限の外交くらいやってほしいものだわ。魔獣が無限に湧いて山越えしてくるケースだし……このままだと、都度依頼を受けてウラガン山脈に駐屯する羽目になるかも)


 そうなるとメルキュール家は今以上に人手不足になる。

 というか、まともに動ける大人が全員山脈から出られず、そのうちカノンもかり出されてお家断絶パターンになるかもしれない。それは阻止しなければ。


(でも、勝手に外国の山を調査して、原因を根絶する権限はメルキュール家にないわ。他国と何があったのか知らないけれど、この様子だと大聖堂も許可しないでしょうし)


 無期限に人材と力を消費させられ、うちだけが損をする。

 国内で魔法を使える家が断絶すれば困る人だって出るでしょうに。

 

(それとも、モーター教や王家は『メルキュール家はもう不要』と考えているのかしら? 聖騎士たちを呼び寄せられる伝手が確立した? 他の解決方法を見いだした? 散々メルキュール家を使い倒しといて、それはあんまりじゃないの?)

 

 ここまで来ればシャールに同情せざるを得ない。


(家の皆を、無期限の魔獣退治なんかに行かせたりしない!)

 

 私はウラガン山脈の方へ意識と魔力をさらに集中させる。


(ふむふむ。まずは発生源に遠隔光魔法ドーン! どうやら発生したのはゾンビリーパー、ゾンビな上に繁殖力が旺盛な蛙型の魔獣ね)


 続けて山脈全体で魔獣を探知し、数の多い川沿いから順に魔法攻撃していく。

 ただのリーパーなら一匹残らず殲滅する必要はない。そもそも、山脈には一定数の魔獣が暮らしており、生態系を維持している。

 人に悪さをしない限りは、必要以上に退治する必要はないのだ。

 

(ただ、ゾンビ系は違う。あれは人工ものだから)

 

 普通の魔獣が死ぬ際、魔法で一定の条件を付与すればゾンビとして蘇る。

 そして徐々に周りの者を汚染していくのだ。

 

 リーパーの群れに一匹のゾンビリーパーが加われば、群れ全体がゾンビと化す。生まれてくる子供もゾンビ。

 そうやって爆発的に増殖する。

 

 ゾンビリーパーは普通のリーパーより凶暴で力も強く、毒を持ち人に危害を加えやすい。

 普通に水の中から襲いかかってくるため、人々が川に近づけなくなってしまう。しかも臭い!

 魔獣をいじくる迷惑魔法、それがゾンビ化だ。


(遠隔で全部駆除しちゃいましょう。はい、ドーン! それっ、ドーン! もう一つ、ドーン! ふふ、つまらぬものを殲滅してしまったわ)


 大聖堂側がゾンビリーパーの存在を把握していたかまではわからないが、人の手を加えなければあんな生物は生まれない。

 

 それにしても、今の廃れた魔法技術で、一体どこの誰がなんの目的でリーパーをゾンビ化させたのだろう。そこが一番気になる。


(あとでシャールに話しておいた方がいいわね)

 

 さてさて、残る問題は未だ偉そうにわめき立てる使者だ。

 腹は立つけれど、利用しがいはある。


(少し前から思っていたのよ。モーター教は、五百年の間に起こった「魔法衰退」の原因を知っているんじゃないかって)

 

 もしかすると、モーター教が過去五百年の謎を解く鍵になるかもしれない。

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