第40話 愛妻家について

「バル、フエ。イボワール男爵家のご令嬢を丁重に実家へ送り返し、資金援助の契約を打ち切ることにした。今後、男爵家とは縁を切る」


 ここへきて、ようやく双子が門前へ辿り着いたみたいだ。


「事情は使用人から聞いたよ。奥様に喧嘩を売ったんだって? ついでに、メルキュール家を侮辱したのも聞こえた」

「ふふふ、いい度胸ですよね。ちょうど魔法の実験台に使える命知らずを探していたところだったので渡りに船です」

「ずるいよフエ、僕だって新しい魔法を試したいのに。奥様からいただいた予習用の本にあった風魔法、思いきりぶっ放したいよね」

「相手は弱小男爵家。家ごと吹き飛ばすくらいわけないのでは?」

 

 二人揃って非常にいい笑顔を浮かべるバルとフエ。

 リームとレームは新しい男性の登場に顔を輝かせたり、実験台扱いされて怖がったりと忙しそうだ。

 双子の言う実験云々は冗談だろうけれど。


「ラム、そういうことでいいか?」

「資金援助の打ち切りなら気にしないでちょうだい、もともと私も賛成していたのだし。それよりも、妹二人が騒ぎを起こしてごめんなさい」

「お前が謝ることではない。だが、後の処理は我々に任せてもらいたい。メルキュール家の沽券に関わる問題だからな」


 シャールの言い分はもっともだが、やや心配だ。

 

「できれば刃傷沙汰は止めて欲しいわ」

「こちらとしても死人を出すつもりはない。あとが面倒だ」

「それなら、家の代表であるあなたの方針に従います」


 答えると、彼は満足そうに頷いた。


「そろそろ学舎の授業が始まるから、ラムは現場へ向かうように。全員お前を待っているだろう」

「でも……」

「心配ない、授業後にでも結果を報告する。バル、ラムを連れていけ。お前もガキ共の授業じゃないのか?」

「はーい、シャール様。僕の実験台も残しておいてねー。奥様、行こう?」


 男爵家の今後が気になる。

 とはいえ、カノンたちを放っておくこともできず、私は一旦学舎へ向かった。

 

(リームとレームは最後には地面にへたり込んでいたけれど、フエもいるし大丈夫よね?)


 ※


 学舎での授業を終え、私は一直線にシャールの執務室へ向かった。

 陰気な場所だったのが、見違えるように素敵になったシャールの執務室。中でも私のお気に入りは苺柄の執務机だ。我ながら美的センスに溢れていると思う。

 

「シャール、今朝はごめんなさい。あのあとどうなったの?」


執務机で作業をしていたシャールは、顔を上げて私に視線を合わせた。

 

「ああ、私もフエも新しい風魔法を試したくてたまらなくなってな……」

「試す? なんの話?」


 楽しげに答えるシャールだけれど話が読めない。

 

「だから、あの姉妹に風魔法を使って馬車ごと男爵家へ吹き飛ばした」

「どういうこと!?」


 たしかに「ものを吹き飛ばす魔法」は、アウローラの写本に載っていた。目標位置を指定し、そこへ向けて対象物を飛ばすという荒っぽいが便利なものだ。

 対象物の安全を考えなければ、転移の魔法よりもさらにお手軽な魔法である。

 

「同じ王都内だから目標も定めやすくてな、心配しなくても殺してはいないぞ。あとで風で空を飛ぶ魔法を試し男爵家へ行ったら、庭の池に落ちてずぶ濡れで文句を言っていた」


 シャールは「もう少し精度を磨く必要がある」とかなんとか呟いている。

 

「きちんと資金援助を打ち切ってきた。がたがたうるさかったから、他の魔法も順番に試させてもらったら、そのうち静かになった」


 メルキュール家の情操教育ーーーー!

 そうだった。学舎でのとんでも教育のせいで、メルキュール家の人間は大人も子供も世間との感覚のずれが激しい。

 しかも、シャールが当主に就いてからも周囲から腫れ物扱いされるせいで交流が少なく、世間の常識を知らないままの可能性が高い。


「大丈夫だ、殺してはいない。きちんと当主に資金援助打ち切りの旨は伝えたし、フエが魔法で脅してサインさせた」

「そ、そうなのね……面倒をかけてごめんなさい」


 私がもたもたしていたから、結果的にシャールたちまで巻き込む羽目になってしまった。

 もっと早くに男爵家と縁を切り、妹たちの説得を諦め実力行使に出ればここまで事を大きくせずに済んだのに。


(今回のことに関しては自分が情けないわ)


 謝罪する私に対し、シャールが鷹揚に首を横に振る。

 

「お前が悪いわけではないだろう」

「妹たちの件もだけれど、父の横暴に今まで気がつかなかったなんて……約束の金額をつり上げていたなんて知らなかったわ。自分の結婚に絡む契約だったのに」


 当事者でありながら、私は一切を関知せずシャールに迷惑をかけ続けていたのだ。

 

「当たり前だ、私が伝えていなかったのだから。ラムが気にする必要は微塵もない」

「いいえ、気になって眠れないの。シャール、ひと思いに伯爵夫人として怠慢だった私をしばいてちょうだい!」

「そんな真似ができるわけないだろう。今回の件で悪いのは嫁いだお前ではなく、金に目が眩んだイボワール男爵と奴の家族たちだ」


 執務机から立ち上がり、シャールが私の方へ歩いてくる。

 

「逆恨みからお前に害が出ないよう釘も刺しておいた」

「そこまでしてくれたなんて」

「愛妻家だからな」


 目の前に移動してきた彼が、ふっと微笑みながら脈絡なく私の腰に手を回す。

 夫としては普通の行動かもしれないけれど、彼らしくない動きに不覚にも驚き戸惑ってしまった。


「……そ、そういう設定だったわね」


 曖昧に誤魔化すが、シャールは真剣な赤い瞳をこちらへ向ける。

 

「設定ではなく事実だ。言っただろう、私はお前を気に入っていると」

「はいはい、アウローラのファン仲間としてでしょ?」

「それもあるが、そうではない。妻として気に入っているのだ!」

「はいはい、魔法が気になるのね?」

「気にはなるが、そうではないのだ。私はお前自身を……」


 そう言われても、魔法とアウローラの知識以外でシャールに好かれる要素が見当たらない。

 勝手に使用人をほとんどクビにしたし、学舎も荒らしたし、シャール自身を殴り飛ばしたし……

 シャールは当初思ったよりもまともな人物で、柔軟に自分やメルキュール家をよりよく変えようと努力している。

 ……かといって、私が愛される要素はやはりない。

 

(やっぱり、殴られるのが好きという性癖が?)

 

 ラム・メルキュールはシャールの妻だけれど、それは形だけのものだ。

 学舎育ちのシャールは夫婦についてわかっていないのではないだろうか。

 そう考えると、彼の言葉をそのまま受け止められない。

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