第35話 大人たちの魔法授業
薬を瓶に詰めながら氷の魔法をカノンに教えていると、少しだけ使えるようになってきた。後は練習ということで、訓練場に移動する。
そこではボンブが小さい子供たちに新しい火魔法を披露していた。
周囲に火が燃え移らないよう、一応気を配っている。
「見ろ! ファイアートルネードッ!」
「わー!」
「ボンブお兄ちゃん、しゅごいー!」
褒められてボンブもご満悦だ。
「お、カノン! お前、調薬なんて地味なことしてたんだな。俺の魔法を見たか!?」
「……訓練場、僕も使うから」
「そうなのか? なあ、なあ、魔法のぶつけ合いしようぜっ!」
「しない。僕の練習したい魔法はそういうのじゃないから」
カノンは他の子の前ではクールなようで、どことなくツンツンしている。
彼の態度は何故かシャールを彷彿とさせた。
訓練場の隅に移動し、無言で氷の魔法を使い始めるカノン。
小規模だけれど、彼を中心にして地面が円状にぱきぱきと凍っていく。
その様子を見た小さな子供たちが今度は「おお~! 涼しい~!」と氷に群がった。
「奥様の魔法は底が知れないね」
子供に付き添っていたバルがじっとこちらを見てくる。
「ねえ奥様、よければ僕にも魔法を教えてもらえませんか。実のところ、学舎で育った大人も使える魔法がさほど多くはなくて、僕もフエも数種類の風魔法しか使えないんだ。もちろんシャール様も。彼の場合は威力が桁違いだから事足りるけれど」
「知らなかったわ。でも、学舎で育ったならそうよね」
魔法に特化したメルキュール家でこの体たらく。
国の魔法はほぼ滅んだと考えていいだろう。
「あなたは風魔法が得意だったわね。しばらく日中は子供の授業を見ることになるけれど、空いた時間なら大丈夫よ」
「ありがとう奥様、子供たちに魔法の実力で抜かれたら面子を保てないもんね。それから、学舎の模様替えは止めてね」
「あら、どうして? 殺風景だから可愛くしようと思っていたのだけれど」
「やっぱり! 嫌な予感がしたんだよね、言ってよかったあ……」
安堵するバルの足もとで小さな子供たちが騒ぐ。
「あたし、可愛い部屋がいい!」
「僕は大人っぽい部屋がいいでしゅ!」
「おい、止めときなって。奥様の趣味はヤバいから」
最後にバルから失礼な言葉が聞こえた。
「皆もこう言っていることだし、模様替えする方向で行くわ!」
「奥様~!」
子供たちは歓声を、同時にバルは悲鳴を上げた。
※
授業を終えて屋敷に戻ったら、シャールから執務室へ呼び出された。
そそくさと出向くと、神妙な顔つきのシャールが椅子から立ち上がり、じとっとした目で私を見る。
「ラム。バルに魔法を教えるそうだな」
「ええ、頼まれたから」
「……お前は私の妻だろう。他の男につきっきりで魔法を教えるなど」
「どういうことかしら?」
もしかして、嫉妬心?
(まさかね。だって、シャールだもの)
かつて彼は私に「興味がある」や「気に入っている」などと口にしたが、それはそのままの意味であり、単なるアウローラ同好仲間という括りに過ぎない。
「この後は暇か? 少し付き合って欲しい」
ボソボソと話すシャールに頷いてみせる。
「特にすることはないからいいわよ」
シャールはホッとした様子で安堵の表情を浮かべ、苺柄の執務机に手をついた。
「こっちだ」
彼に手を引かれて出向いたのは薄暗くなった訓練場だ。
視界が悪いので、光魔法で光の球を浮かび上がらせ複数の照明を用意する。
「アウローラの写本を覚えた。実際に合っているか確認して欲しい」
「あら、そうなの……って、全部? 一日で!?」
前にも一度見ただけで魔法を身につけていたが、シャールはものすごい才能を秘めているのではないだろうか。
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