第34話 伯爵夫人の個別授業3

 ボンブを訓練場に残し、私はカノンを迎えに行くことにする。

 途中で年少組を連れたバルが訓練場へ来たので、ボンブの様子もそれとなく見てもらえるよう頼んでおいた。

 小さな子供たちは全員で五名ほど。彼らも最初は十名近くいたらしい……グルダンめ!

 着席して本を読むカノンは、私を発見して立ち上がった。


「母う……先生。ボンブは?」

「魔法の練習中なの。自習よりも体を動かす方がいいかと思って。次はカノンの順番ね、何かやりたいことはある?」

「これを実際に作りたいです。魔法じゃないですけど、大丈夫ですか?」

 

 カノンが指さしたのは、渡した本に載っている応急用傷薬だった。


「ええ、もちろんよ。すぐできそうだから、残り時間で覚えたいことも考えておいて?」

「わかりました」


 私はカノンを連れて実験場へ向かう。ミーヌは読書が大丈夫なタイプのようで、黙々と本を読んでいた。


「ミーヌ、根を詰めすぎず適度に休んでね」

「はい、奥様。でも以前の授業の方が厳しかったので、これくらいなら余裕なんです」


 ……グルダンめ!

 

 ※



 実験場へ到着した私は、さっそく二階で材料を揃え一階の竈の上に鍋を設置する。

 カノンは興味深そうにこちらの動きを観察していた。

 

「カノン、もしかして調薬は初めて?」

「はい、メルキュール家で調薬はあまりされません。使用人任せだと聞いています」

「そうだったのね。あなたたちは訓練での怪我が多いんだから、薬を持ち歩いてもいいはずよ。治癒魔法と違って、慣れていなくても咄嗟に必要なときに使えるし、魔力を必要としないから重宝するわ」


 説明しつつ、材料を順番に鍋に入れて煮詰めていく。


「料理みたいです」

「そうね。似ているかも……」


 なんだか今、とても親子っぽいことをしている気がした。


「母う……先生、鍋をかき混ぜたら液体の色が変わってきました」

「あら、母上でいいのよ? 学舎の子の前では恥ずかしいかもしれないけれど、今は二人なんだし。せっかくの家族ですものね」


 家族という言葉にカノンは眩しそうに頬を染めるが、数秒後には複雑な表情を浮かべてしまう。どうしたのだろう?


(私、変なことを話したかしら)

 

 焦っていると、カノンは鍋をかき混ぜながら小さな声で告げた。


「母上にそう言っていただけて嬉しいです。家族というものに縁が薄かったので」

 

 カノンは弱々しい笑顔を見せる。

 

「僕はメルキュール家以外に行き場がありません、生家を出て自ら学舎へ逃げてきたので……だから、なんとしてもここで生き延びなければならなくて」

「どういうこと? 学舎には全国から魔力を持った子供が連れてこられると聞いたけれど」


 逃げて来ただなんて、メルキュール家よりマシな行き先はなかったのだろうか。

 

「僕の家はモーター教の敬虔な信徒で魔法使いを毛嫌いしています。魔力を持つ子供である僕は生まれたときから閉じ込められ……」

「ちょと待って。モーター教って、この国の国教よね?」


 ラムの記憶にそんな宗教があった。実家の男爵家も一応モーター教だったはずである。

 

「病弱で部屋に引き籠もっていたから、知らないことが多いのだけれど……魔力を持った人間をよく言わない宗教だったような?」


 気弱で貧弱で家族の誰にも似ていないラム。

 彼女が実家で迫害された理由の一つにも、きっと魔力の有無があったのだと思う。

 

「そうです。生家の両親曰く、魔力を持つ僕は悪の子なのだそうです。ずっと地下に閉じ込められ、他人と会うのを禁じられてきました。そのうち食事も僅かな残り物だけで放置されるようになって、さすがに命の危機を感じたある日、使用人の話から偶然メルキュール家の存在を知ったのです」


 使用人がいたと言うことは、カノンはよい家の出なのかもしれない。シャールも貴族出身らしいし。


「隙を見て地下から逃げ出して、幸い実家もメルキュール家も王都にあったので辿り着けました」

「大変だったのね」

 

 私は思わずカノンを抱きしめる。

 こんなにいい子なのに、実家では辛い目に遭い、メルキュール家でも気を張り詰め続けていたのだろう。


「もう大丈夫よ、あなたには母親の私がいるわ。あら、そろそろ薬が完成しそうね」


 カノンは慌てて私から離れ、真っ赤な顔で鍋を火から下ろす。中身を確認し、私は彼に微笑みかけた。


「大成功みたいね。薬は持って帰って好きに使えばいいわ。少し時間が余ったけれど、他に学びたいことはある?」

「薬の本と一緒に渡された、アウローラの写本に載っている氷の魔法を使えるようになりたいです! 僕は今水をぶつける魔法と、氷の刃をぶつける魔法、母上に教えてもらった幻影魔法しか知らないので」

「わかったわ」


 とはいえ、実のところあれは私自身が考案した魔法ではなく、私の弟子が使っていた魔法だ。

 あの本にはアウローラの魔法だけでなく、前世の可愛い弟子たちの成長も記録してある。弟子の一人がカノンと同じ水魔法の使い手だった。

 

「いくつかあるけれど、何がいいかしら……」

「これがいいです、『なんでも瞬間的に凍らせる魔法』というのが便利そうで」

「あらあら」


 前世の弟子が凍らせていたのは主に気に入らない人間で、そのたびに私が解凍し、復活させていたことは内緒にしよう。

 カノンならもっと有効な使い方をしてくれるはずだ。

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