第33話 伯爵夫人の個別授業2
ミーヌの個別授業が終わったので、一度学舎に戻る。
けれど……
学舎の教室に帰った私とミーヌを待ち受けていたのは、真面目に読書するカノンと、机の上で大いびきをかくボンブだった。
(あらら……ボンブの課題は読書じゃない方がいいわね)
大人しく魔法書を読むのに向かない性格みたいだ。
ひとまずミーヌに課題を渡し、ボンブを連れて再び訓練場へ戻った。
「奥様、この間は骨折を治していただき、ありがとうございました」
「いえいえ、あれくらいお安いものよ」
「今日はどんな魔法を練習するんですか?」
「そうねえ……あなたは火魔法が得意だったわよね。まずは思い切り、今できる魔法を使ってみましょう」
言うと、彼は「はいっ」と答えて僅かに顔を輝かせた。
やはり、じっと本を読むより、実際に魔法を練習したり体を動かしたりしたいタイプだ。
「奥様、訓練場が嘘みたいにきれいなのですが。もっと岩がゴロゴロしていたし、草もボーボーだったような?」
「ミーヌが魔法で整地したのよ。岩も粉砕して草も根こそぎ燃やしちゃったの」
「嘘だろ? ミーヌは得意属性が光なのに。いつも夜間の灯りや光の目くらましで助けてくれるが、岩の粉砕なんてできなかったはずだ」
「ええ、だから新しい魔法を教えたの。とはいえ、彼女は戦うのが好きじゃないから、あの魔法を整地くらいにしか使わないかもね」
ボンブはただ目を丸くして、きれいになった訓練場を見つめる。
「すげえな、ミーヌ」
「ミーヌは光魔法だけれど、火魔法でも似たような効果を出せるわ。ただ、光にしても炎にしても使う場所や威力は考えなきゃね」
話の途中だが、ボンブはミーヌに対抗するように魔法を放ち始めた。
たしかに、今できる魔法を使ってとは言ったけれど。
「うぉぉぉぉーっ! ファイアーボールッ! ファイアーボールッ!」
ならした地面にボコボコと小さな穴が開く。先ほどから、ボンブは同じ魔法ばかりを使っていた。
(もしかして、それしか魔法を覚えていないとか? そんな馬鹿な)
だが、ミーヌもあまり魔法を知らない様子だったし、カノンも私が教える前に使っていたのは、僅か二種類ほどの水魔法だったような。
……衝撃の事実に今気づいてしまったが、気を取り直してボンブに告げる。
「えー、げほごほ。新しい火魔法を学びましょうか」
「おおっ! ミーヌみたいにすげえのを覚えたいです! カノンを抜いてやるんだ!」
ボンブはやる気に燃えていた。そして、カノンにライバル心を持っている様子。
大変いい心意気だけれども。
「それじゃあボンブ、魔法を学ぶ前に森での実地訓練をしましょう」
「えっ? 森!? 今から!?」
「大丈夫、この間行ったからすぐ転移できるわ」
私は足で地面に適当な陣を描いて、転移の魔法で訓練用の森に移動した。
森の入り口付近のグルダンが気絶した辺りだ。
「おお、奥様の魔法すげえ!」
「ではボンブ、あそこに隠れているカッターラビットを退治してみて」
私は目の前の草むらを指さした。
カッターラビットは森付近の畑に出没する魔獣で、前足と後ろ足に鋭い爪を持っている。
五百年前は「攻撃的で畑仕事の邪魔となり、毎年怪我人を出す危険な害獣」に認定されていた。現在でもあまり変わらないと思われる。
今もカッターラビットは、突然現れた私やボンブに攻撃を加えようと隙を窺っていた。
「奥様、俺の実力を見てください!」
言うやいなや、ボンブは勢いよく魔法を放ち始める。
「ファイアーボールッ! ファイアーボールッ! ファイアーボールッ!」
彼の魔法は攻撃しようと飛び出してきたカッターラビットにヒットした。
しかし、当たったのは一発のみで残り二発は草むらに着火。
運悪く枯れかけの草だったため、じわじわと炎が燃え広がっている。
「奥様、仕留めたぞっ!」
「そうねえ。魔獣は仕留めたわねえ」
炎は近くの木に引火してさらに広がっていく。
(いつ気づくかしら?)
この調子だと、カノンの火消しにも気がついていないかもしれない。
「次は何をやるんですかっ?」
ボンブは目を輝かせながら私を見る。まっすぐでよい子ではあるのよね。
「そうねえ、ボンブ。その前に後ろを振り返ってみましょうか」
「ん? 後ろ?」
素直に振り返ったボンブは、炎の燃え移った木を見て唖然とした表情を浮かべた。
「火がっ……!」
ようやく自分のしでかしたことに気がついたボンブだけれど、どうしたらいいかわからずオロオロと戸惑うだけだ。
「ボンブ、火魔法を扱うときには周りに気をつけなきゃいけないの。特に森なんかだと燃え広がる危険があるからね。今まではこうなる前にカノンが水魔法で消していたのよ?」
私はすぐに時間を戻す魔法を展開して木と草を復活させる。
(水で消してもよかったけれど、ボヤ騒ぎで問題になると面倒だからね)
ボンブはとてもショックを受けた様子だった。
気を取り直して訓練場に戻り、私はボンブに新しい魔法を伝授する。
「火魔法は扱う場所を選ぶけれど操作はしやすい魔法よ。光魔法と同じで熱としても利用できるわ。とりあえず、あなたに使えそうな大技を教えておくわね」
そう言って私は訓練場の中央に巨大な火柱を出現させた。
「炎の柱を作って魔獣にぶつけたり、中に獲物を閉じ込める際に使う魔法よ。複数作ったり、範囲を広げることで威力を拡大できるわ」
「……これ、俺にできるのか?」
「ちょっと両手を前に出してみて」
私は後ろからボンブの腕を取り、彼の魔力の流れを操作しながら火柱の出し方を教える。
「一人でもできるように、燃えるもののない場所で練習しましょう。ボンブは読書よりこっちの方がいいでしょう?」
「なんでわかったんだ!? 俺、じっと本を読むのとか苦手なんです」
そりゃあ、あれだけ堂々と寝ていれば一目瞭然だ。
そんなわけで、ボンブの課題は訓練場での魔法練習になった。
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