第27話 教師と魔獣を倒した奥様について

 薄暗い寮の雑魚寝部屋で、ボンブは茫然自失状態に陥っていた。


(奥様……何者だ?)


 夫人がメルキュール家に来たときから、噂は聞いていた。

 弱小男爵家出身の、病弱で魔法の出来も良くない令嬢だと。

 前の奥様のように複数の火魔法を使えるわけでもなく、扱えるのは小さく灯りをともす魔法のみ。


 だが、初めて彼女と会った授業では、見たことのない幻影魔法を披露された。

 教師のグルダンはあとで、「戦闘に関係ない無意味な魔法だ」と、一刀両断したが、ボンブの目にはとても魅力的な魔法に映った。的にぶつけるだけだった魔法で、あんな綺麗な芸当ができるなんて思いもしなかったのだ。

 

 試しに似たようなことができないか、寮や宿舎で魔法を試してみる。

 ミーヌも同じ考えを持ったみたいで、魔法で幻影を出そうと躍起になっていた。

 カノンなどは、息子という立場を武器に、直接指導をしてもらっていたみたいだ。ずるい。

 

 しかし、それらがグルダンに見つかり、ボンブたちは通常以上に厳しい訓練を課される羽目になった。

 内容はアーマーベアを退治すること。

 しかも、指示された個体は近隣の村や町で人を襲い、大規模な被害を出したという。

 それを双子が捕獲し、グルダンが森へ運んだそうだ。魔獣は気が立っていた。


(双子が狩るような魔獣を俺らに倒させるなんて、無茶すぎる)


 ボンブたちは、まだまだ実戦経験の少ない十五歳なのだから。

 グルダンの訓練は度を超しているように思えたが、生徒たちに回避する術はない。

 学舎とは、代々そういう場所なのだ。

 

 案の定、ボンブたち三人でアーマーベアを倒すことは叶わなかった。

 ボンブは骨折、ミーヌは気絶、残ったカノンも一人では追い詰められる一方だ。

 そんな中、不意に飛び出した夫人が……魔獣の鼻面を殴りつけた。

 魔獣は呆気なく退治される。

 あのアーマーベアが簡単に飛ばされ、木に激突して泡を吹く光景は異質だった。


(訓練前には、グルダンも気絶していたし)


 しかも、驚くべきはそれだけではない。

 夫人は謎の落書きを使って屋敷に転移し、ボンブの骨折を何事もなかったかのように完治させた。

 あんな真似は、メルキュール伯爵でさえ不可能。


(どうなっているんだ。奥様は普通の男爵令嬢だったって話だけど)


 考えていると、目を覚ましたミーヌがやって来た。


「ボンブ、あんた、骨折は大丈夫?」

「ああ、奥様の魔法で完治した」

「……普通は治るまで一ヶ月以上かかるのに。奥様は何者なの?」

「わかんねー。カノンなら何か知っているかも」


 話の途中で、ちょうどカノンがやってきた。


「おい、カノン。奥様は、一体何者なんだよ」

「……さあ?」


 カノンはだるそうにあくびをし、汲み置きの水をコップに入れる。

 魔法の成績が一番いい彼は、コミュニケーションがあまり得意ではない。

 外では猫を被るが、学舎の中では無愛想だ。


「さあ……って、一応息子だろ」

「息子だけど、会い始めたのは最近だから。なんか、病弱だったって言ってた」

「嘘だろ。グルダンを投げ飛ばしたじゃねえか」

 

「僕も彼女のことは何も知らないから……グルダン先生は、クビになりそうだね」

「あの性格だから、奥様を逆恨みしそうだ」

「新しい指導者は、どうするんだろう」


 子供たちは三人揃って首を傾げるのだった。

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