第24話 伯爵夫人は怪我を治す

「あら、どうしたの、カノン?」

「母上、何をおっしゃるのですか? 怪我が消えるなんて、ありえない!」

「えっ……」

 

 私の感覚だと、そちらこそ何をおっしゃるのですか……という感じだ。

 

(シャールもカノンと同じような状態だし、まさか治癒系魔法まで滅びたとか?)

 

 本当に、今の魔法業界は、どうなっているのだろう。

 もっといろいろ知っていかないと、五百年前の感覚で動きまくると、変に浮いて目をつけられるかもしれない。もうすでに、やらかしてしまった感はあるけれど……

 

(カノンには、とても警戒されているわ。せっかく、少し仲良くなれたのにショック)


 シャールはと言うと、自分を落ち着かせるように小さくため息を吐き、息子へ視線を向けている。


「カノン、ラムに治癒してもらえ。アーマーベアは爪に毒があるから、一応手当てしておいた方がいい」


 父親に命じられ、カノンは恐る恐る私に近づいた。メルキュール家のメンバーにとって、シャールの命令は絶対のようだ。


「大丈夫よ、怖くないから」


 他の子供と同じように、カノンの傷も消す。


「では、反省会は他の二人が元気になってからにしましょう」

「反省会? あの、グルダン先生の授業は……」

「グルダンは疲れすぎて正常な判断ができないみたいだから、休暇をあげましょう。改心すれば良し、そうでなければ辞めてもらうわ。屋敷の人事権は私が握っていますからね」


 横目でシャールを見るけれど、異論はなさそうだ。

 

(ふふふ、人事権を私に渡したのを後悔しても遅いわよ?)


 子供たちを学舎の寮へ帰し、シャールと屋敷へ向かう。


「ラム、今日の食事は一緒に摂るぞ。お前に聞きたいことがたくさんある」

「いいわよ。私もあなたへの質問がたくさんあるの」


 五百年前と今の世界は全く違う。その辺りの乖離を埋めなければならない。

 これからの自分にとってもそうだし、メルキュール家にとっても必要なことのはずだ。

 

 全部放り出して家を出て行ってもいいけれど、なんだかんだで子供たちは可愛いし、改心し始めたシャールも放っておけない。

 かつて弟子に「お人好しすぎる」と言われた思い出が頭をよぎった。


 ※

 

 日暮れが迫る森の中、グルダンはハッと目を覚ました。夜を告げる鳥の声と泥の香りがし、自分がラムに投げ飛ばされた事実を思い出す。


「あの女ァ……調子に乗りやがったな」


 教師らしからぬ口調で悪態をつくグルダン。事実、彼は教師などという職に嫌気がさしていた。

 

(来る日も来る日もガキ共の相手をして、伯爵家当主に頭を下げて。補佐のフエにさえ顎で使われ、おまけに夫人まで!)


 子供を庇い、生ぬるい発言ばかりする貴族出身の小娘。


(メルキュール家のなんたるかもしれないくせに)


 グルダンだって、同じように苦しい訓練を受けてきたのだ。しかも前伯爵夫妻の子供とシャールの間で後継者争いまで勃発し、グルダンの代はより過酷な結果となった。

 同年代で生き残っているのは、シャールとフエと、最後の最後でシャールに味方したグルダン……それとあと一人だけ。

 比べれば、カノンの代なんて大した逆境に置かれていない。もっともっと、自分たちと同じように酷い目に遭わせるべきなのだ。

 

 水たまりに手をついて起き上がると、髪も服も泥まみれだった。おまけに、伯爵夫妻や子供もいない。


「クソッ! あいつら、放置していきやがって」


 グルダンはシャールも気に入らなかった。

 あの女の勝手を許したこともだが、同じ学舎出身の同期だというのに、片や当主で片やガキのお守り役という格差も許せない。自分に命令するシャールを見る度に、苦々しい思いが湧き起こる。

 それにカノンも……ガキのくせに次期当主扱いされて忌ま忌ましい。自分にだって、チャンスがあっていいはずなのに。

 

(絶対に、ただでは済まさない、目にものを見せてやる! 森に放ったのがアーマーベアだけだと思うなよ。シャールとカノンさえ消えれば、俺が伯爵だ)


 再び訓練と称して森へ連れてきてもいいし、今から屋敷へ魔獣たちを誘導してもいい。


「そうだ、訓練を軽んじたあいつらが悪いんだ。今から学舎に魔獣をけしかけて……」


「何をけしかけるって?」

 

 誰もいるはずのない森の中、呟きに返事が返ってきてグルダンは驚いた。

 しかも、聞き覚えのある声だ。


「しばらく僕が戻らないうちに、ずいぶんと偉くなったものだね、グルダン。シャール様の許可もなく、そんな真似が許されるとでも?」

 

「バル……なぜ、ここにお前がいる。任務で他国に行っていたのでは?」

「そうだよ。で、帰ってきた。ついでに、フエに頼まれてアンタを迎えに来てやったんだよ。『一人で機嫌の悪いグルダンを運ぶのは嫌です~』なんて言うからさ」


 グルダンの前に現れたのは、赤と茶の斑髪に緑の目をした中性的な青年だった。

 

「フエもいるのか」


 並び立つ二人を見たグルダンは、苦々しい表情を浮かべる。この双子が揃うと碌なことがないと経験上知っていた。

 バルとフエが寸分違わぬ表情で目を細める。

 拘束魔法を放つ二人に、グルダンが抗う術はない。乱暴な拘束により、再び気を失うのだった。


「それにしても、シャール様が気にして止まない奥様かあ。初対面では影の薄い令嬢としか思わなかったけど、グルダンをボコボコにするなんて興味あるかも」

「余計な行動をとらないでくださいね、バル。俺は奥様の恨みを買いたくありません」

「益々興味が出てきたよ」

 フエと同じ顔で不敵な笑みを浮かべるバルは、縛り上げたグルダンを担ぎ、屋敷の方角へ歩き出した。

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