第23話 伯爵夫人は魔獣にお眠りいただく

 子供たちの様子を見つつ、シャールに尋ねる。


「あの魔獣はどこから連れてきたの?」

「近隣の村や町で人を襲い大きな被害を出したから、フエが生け捕りにして訓練用の森へ放り込んだ」

「転移の魔法で?」

「なんだそれは? 普通に倒して縛って運んだが?」

「……やっぱり、転移魔法も魔法陣もなかったのね。どうなっているの、この時代」


 ボソボソと呟く声は、シャールには届かない。

 そうこうしているうちに魔獣の咆哮が上がり、カノンやミーヌも攻撃に転じ始めた。

 カノンは水を凍らせて複数の刃を作り、それを茂みに向けて放つ。

 彼は特に技名を叫んでいなかった。


(ということは、命名はボンブの趣味? 私もノリで『シャイニングつむじ風』とか使ったけど、そんな感じかしら)


 しかし、続いてミーヌも「シャインフラッシュ!」と叫びながら、光の攪乱魔法を放つ。

 技名を叫ばないカノンが少数派なのだろうか。謎が深まる。

 

 攪乱魔法が魔獣の怒りを誘発したようで、茂みから再び咆哮が上がり、物置小屋ほどの大きさの巨大な熊型魔獣が飛び出した。直前まで食事をしていたのか、口の周りが血で濡れており、目をこらすと茂みの下に小型魔獣の死体が転がっている。


「アーマーベアだな。かなり大型の雄だ」

「見たことあるわ。この時期は繁殖期で、気が立っているのよね」


 金属のような固い皮が全身を覆う雑食性の魔獣で、爪には毒を持ち、口から酸の混じった唾液を飛ばす厄介な相手だ。接近戦に自信がなければ、遠距離から急所を狙って倒すのが早い。

 

「どこで見たんだ、こいつは森付近にしか生息していない。男爵家があるのは都会の真ん中だろ」

「ど、どこだったかしら~? 旅行先だったかしら~? 本の中かしら~?」


 幸い、シャールは追求するような真似はしなかった。彼の興味は血の繋がらない息子へ向いている。


「狙いが甘いな。正確に急所を狙わなければ、無駄に戦闘を長引かせるだけだ」

「本人に直接言ってあげれば? もともと、子供には荷が重い任務でしょ」

 

 私相手に駄目出ししても仕方がないだろうに、困った父親だ。

 

「今はこの場を動く気はない。魔獣の狙いが、お前に向かないとも限らないからな」

「えっ……」


 もしかして、妻を守ろうと待機してくれているのだろうか。あの、シャールが。

 アーマーベア程度に倒されたりはしないけれど、夫から気遣いの言葉をかけられて不思議な気持ちになる。

 やはり、シャールは彼なりに変わろうとしているらしい。


「ええと、シャ……」


 しかし、話しかけようと動いた瞬間、高速で飛んできた何かが近くの木の幹にぶつかった。


「痛てて、左腕の骨が折れた」


 魔獣に挑んで弾き飛ばされたボンブだ。続けざまにミーヌも地面に転がる。

 カノンは無事だが苦戦しているようで、アーマーベアに押されていた。このままだと危ない。


「シャール、助けに出るわよ」

「あれくらいで? まだ戦闘が始まって数分だぞ」

「ボンブは骨折、ミーヌは気を失ってる。あの子たちでは、アーマーベアのレベルに足りないってこと。怪我をしたら元も子もないでしょ。カノンも一人では厳しいわ。はい、撤収!」

 

 物言いたそうなシャールだけれど、今回は黙って私の意見を通してくれた。

 

「アーマーベアはどうする?」

「あれだけの個体は、そうそういないわよね? とりあえず気絶させちゃうわ……っと」


 私はそっとジャンプし、戦闘中のカノンと魔獣の間に体を滑り込ませ、右手を振り上げた。


「ごめんなさいね。ちょっと眠っていてちょうだい」


 そう言って、魔力を纏わせた右手を相手の鼻面にブンッと振り下ろす。

 アーマーベアは大きく体勢を崩し、勢いよく直線を描いて飛んでいく。

 そうして、ボンブと同じように木の幹にぶつかり、泡を吹いて動きを止めた。


「は、母上……」


 後ろから、カノンの戸惑いの声が上がる。


「カノン、あなたたちの実力はわかりました。帰って反省会をするわよ」

「あの、魔獣は? 訓練は?」

「魔獣は眠っているわ……たぶん。訓練はいったん中止にして、対策してからリベンジね。屋敷に戻りましょう」


 私は、その辺に落ちていた木の枝で地面に大きめの魔法陣を描く。見慣れないのか、シャールやカノンは不審な目でこちらを見てきた。


「はい、完成。シャール、カノン。ミーヌとボンブを連れて円の中に入って」


 動かないカノンに焦れたのか、シャールが声を上げる。


「おい、さっさと進め。あいつは地面に落書きなどして意味不明だが、何か目的があるのだろう」


 酷い言い様だけれど、指示通りに動いてくれて助かった。

 全員が円に入ったところで、私は即席で作った転移の魔法陣を発動させる。

 この魔法陣は、行ったことのある場所を指定して飛べるタイプのもの。

 他には、ここから北への距離、南への距離……など、転移先がわからない際に使うアバウトなものも存在する。


「帰るわよ~」


 言うと同時に魔法陣が光り、次の瞬間には私たちは伯爵家の中庭に立っていた。

 言葉を失うシャールとカノン。


「ラム、お前、一体……」

「そういう話はあとでね、ミーヌとボンブを手当てしないと。カノン、あなたもよ」


 カノンは「手当て」という言葉に首を傾げる。


(まさか、今まで手当てすらしていなかったとか? あの教師、情状酌量の余地なしね。そういえば、森へ置いてきてしまったけれど……まあいいか。フエにでも頼んで、回収してもらいましょう)


 ミーヌはただ気を失っているだけで、擦り傷のみである。


(ボンブの骨折も、ミーヌの怪我も、時間を戻して状態固定。うん、これで治癒完了)

 

 治癒魔法には体本来の治癒能力を活性化させる方法と、怪我をした箇所の時間を操作する方法があった。五百年前のことなので、現在は不明。

 でも、怪我を残したままでは、今後の訓練にも支障が出てしまうので、治癒は必須だ。


「カノン、いらっしゃい。あなたの怪我も治してあげるわ」


 しかし、声をかけられたカノンは、カチカチに固まっていた。

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