第22話 伯爵夫人は観察する

 私は悠々自適に道中を楽しんだ。

 前日の雨で地面はぬかるみ、足場はすこぶる悪い。しかも、濡れた木々が獣道を遮る。


(学舎の訓練でいつも使う森らしいけれど、全く手入れがされていないのね)


 子供たちが黙々と泥にまみれながら道を進むのを見て、心に一抹の不安がよぎる。


(どうしてぬかるみを歩くのか気になっていたけれど、もしかして、浮遊の魔法が使えないの? 壁も出せないとか? シャールまで歩いているし)


 私の視線に気づいたシャールはこちらに赤い瞳を向けつつ、思案顔になった。

 そっと手を前方にかざし、「こうか?」と、同じような光の壁を出現させる。

 続いて、周りに風が巻き起こり、彼の体をふわりと浮かせた。私の真似をしたようだ。


(今の魔法……見ただけで、覚えたの?)


 安定には欠けるが、速攻で習得したのならすごいと思う。

 前世でも、一瞬で他人の魔法を模倣できるような魔法使いは希だ。


「ふむ、便利だ。今まではこのような使い方、思いつきもしなかった。我々はメルキュール伯爵家で習った魔法を活用するだけで、新しい魔法を生み出そうなんて考えないからな。普通に歩いて行けるなら、それで十分だし」

「いくらなんでも、想像力がなさ過ぎでしょ……やればできるのに」


 体力があるシャールは、構わないかもしれないけれど。

 森を進むだけで辛い子だっていたはずだ。

 

「ここの魔法使いって、皆頭が固いわよね」

「言ってくれるな。学舎出身の者は俺も含め、こういう楽をするような魔法に慣れていない」

「ストイックも度を過ぎれば毒よ? 魔法は便利に使えばいいの。あとで、子供たちにも伝授しましょう」


 ここで伝えてもいいけれど、シャールみたいに一瞬では習得できないに違いない。

 教えるのに時間がかかれば、訓練自体を中止する羽目になってしまう。

 子供たちは、お喋りせず、真剣に森の奥を目指していた。

 

(木々がさらに生い茂ってきたわね。そろそろ魔獣が現れるかも……)


 大型の魔獣は森の奥深く、人の立ち入らない場所を好むことが多い。

 森を出て人に害を加えるパターンもあるが、グルダンが訓練用に連れてきたなら、人間に用がない普通の魔獣の可能性が高い。

 転移用の魔法、または魔法陣などがあれば、魔獣の輸送は行える。


(五百年前は魔法陣が各地に描かれていたけれど……この時代に存在するのかしら?)

 

 前世の私は魔獣退治も請け負った。それはもう、他の魔法使いの手に負えない厄介な依頼ばかり。

 なので、いざというときは子供たちを助けることもできる。


(昔、弟子と暮らした時代を思い出してしまったわ。五百年も経ったから、さすがに誰も生きてはいないでしょうけれど)


 しばらく歩くと、不意に木々が途切れて空の見える場所に出た。


(平地……というか、木がなぎ倒されているわね。いよいよ、魔獣が近いかも)


 小型の魔獣の気配も感じるが、大勢の人間を警戒し姿を現さない。さすがに、今回のターゲットではないだろう。

 

(探索魔法を使うのは、ルール違反よね? ここは、黙っておきましょう)


 子供たちを観察すると、カノンがとある場所を指さした。


「あそこに、何か大きいものが隠れている。こっちに気づいたみたいだ」


 彼の言葉に、顔を引きつらせたミーヌが頷いた。


「先に見つかって、狙われていたのかも」


 ボンブは、すでに臨戦態勢で、さっそく火の魔法を放とうと構えている。とりあえず、攻撃したいタイプのようだ。


「くらえ、ファイアーボール!」


叫んだボンブは、カノンが指さす方向へいくつもの火の玉を打ち込む。

 

(えっ……何、その名前。魔法を放つときに命名するのが今風なの? というか、森なのにむやみに火を使っちゃ駄目でしょ。雨が降ったあとだから燃え広がらなかったけど、普段はどうしていたの?)


 考え込む私がふとカノンの方を見ると、彼は水魔法を準備していた。


(まさか……火消し?)


 火魔法の謎は、すぐ解けたのだった。

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