第21話 魔法で楽する奥様について

 ミーヌは耳に当てた手を外し、おそるおそる後ろを振り向いた。

 

 メルキュール伯爵夫人はミーヌたちに耳を塞いで後ろを向くよう指示したけれど、ミーヌも他の二人もばっちり話し声を聞いている。

 大人には不信感を持っているし、いつも情報を得ておかないと、いざというとき生き残れないからだ。

 他の二人に比べると大して強くもないミーヌは、今までそうやって生き延びてきた。

 

 メルキュール伯爵と夫人は、学舎や家のあり方について話し合っているみたいだ。

 しかし、ミーヌは思う。


(奥様の話はきれい事だわ。甘っちょろいったらないわね、これだからぬるま湯育ちの令嬢は)

 

 緩い考え方では、メルキュール家の魔法使いとして、とうていやっていけない。

 厳しい環境下で育ったミーヌにとって、ラムの言い分はただただ机上の空論にしか思えなかった。

 だって、学舎で必死に生き延びる以外の人生をミーヌは知らない。ラムの話す理想なんて、現実には不可能なのだ。


(グルダン先生を気絶させたから、強い魔法使いだと思ったけれど……あれはまぐれで、奥様の実力ではないのかも。なによ、人々が生きやすくなる魔法って、そんなものがあれば、真っ先に私が習いたいわよ)

 

 だが、ここでラムの話が実現したのなら、今までの苦しい思いは、訓練で失った仲間たちは一体なんだったのだと感じてしまう。ミーヌはラムを認めたくなかった。

 彼女を受け入れることは、今までの自分の人生を否定することに繋がりそうで……それが気に食わなかったのだ。


(奥様は、訓練についてくるとか言っているわね。伯爵様も一緒だから、怪我はしないでしょうけど。足は引っ張らないで欲しいものだわ……私にも、余裕なんてないのだから)


 口には出さないが、ミーヌは自分の実力に限界を感じている。

 ミーヌの得意魔法は、攻撃には向かない光魔法。カノンやボンブに比べると、どうしても攻撃力に欠ける。

 そのぶん、他の二人をサポートしつつ、なんとか協力して生き延びてこられたけれど、二人に余裕がなくなれば見捨てられるだろう。

 カノンやボンブも、他人の世話より自分の命を優先するはずだ。


 不安な気持ちを抱きつつ、ミーヌは伯爵夫妻と一緒に訓練に出向くこととなった。

 目的地は森の奥で、予めグルダンに指示されている。

 訓練の内容は、日暮れまでに森に放たれた凶暴な魔獣を狩るというものだった。


(どんな魔獣かまでは、聞いていないのよね)

 

 今までで一番危険なこの訓練は、カノンが訓練をさぼったり、ミーヌやボンブが魔法で遊んだりしたことへの罰の意味も兼ねていると言われた。


 ミーヌは貧しい平民の出身で、親に売られ、メルキュール家に来た。

 ここが嫌でも、他に行き場所がない。

 学舎にいるほとんどは、そういう子供だった。

 魔力が高い子供は「魔獣みたい」と気味悪がられるのだ。最近では魔力を持っているというだけで、差別される風潮がある。


 学舎は十六歳になれば卒業できた。

 卒業後はメルキュール家の一員として働くことになり、毎日のように訓練を受けずに済むらしい。だから、あと少し、もう少しの間だけ生き延びられればいいのだ。


 ぬかるんで歩きにくい道を、ミーヌたちは木々をかき分け奥へと進んでいく。

 魔獣のいそうな場所は、大体勘でわかるのだ。


(奥様は、この道を歩くだけで苦戦するのではないかしら?)


 そう思い、チラリと後ろを振り向き……ミーヌはあんぐりと口を開けた。


(う、浮いてる~~~~!)


 ラムは歩いてすらいなかった。体の周りに光の壁を纏わせ、浮遊しながら前進している。

 雨の滴が付いた木の枝や背の高い草は、光の壁に遮られて彼女に届かない。

 濡れず、汚れず、ラムは快適に移動していた。


(なにその魔法~! ずる~い!)


 そんな便利な魔法の使い方なんて、聞いたことがない。

 ミーヌが知っているのは敵にぶつける攻撃魔法と、自分の身を守るちょっとした防御や状態変化の技のみだった。

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