第20話 伯爵夫人と悪習

「ふう、つまらぬものを投げ捨ててしまったわ」

 

 教師グルダンが呆気なく伸された瞬間を目撃し、驚いた子供たちは、固まったまま私を凝視する。

 

(しまったわ。子供の前で暴力行為は良くないのでは?)


 誤魔化すように子供たちへ微笑みかけたら、カノン以外の二人がビクッと震えて後退した。怖がられたみたいだ……ショック。


「あなたたち、少し耳を塞いで後ろを向いてちょうだい」

「ハ、ハイッ、奥様!」

「…………」


 礼儀正しい二人とカノンが後ろを向いたのを確認し、私はシャールと向かい合った。


「どういうことか、説明してもらっていいかしら? なんで、ただでさえ少ない魔法使いをさらに減らすような訓練をしているの? あなたは、この事態を把握していた?」


 シャールは叱られた子供のように心許ない表情を浮かべ、ボソボソと質問に答える。


「魔法使いは少数精鋭が求められる。強くなければ役に立たないし、どの道、生き残れないのだ。事実、そうだろう?」


 私は大きくため息を吐いた。


(駄目だわ。当主からして教育という名の洗脳の根が深すぎる)

 

 メルキュール家の魔法教育は一体全体どうなっているのだろう。彼らが習ってきた内容全部がでたらめ。

 どこで魔法の認識が歪んでしまったのか、大いに気になるところだけれど、今は彼ら大人にしっかり動いてもらわなければ。


「シャール、魔法使いの価値は戦えるかどうかだけで決まらないわ。もちろん、そちらに特化した子も必要だけれど、他にも傷を癒やしたり道具を作ったり、労働の補助として使ったり、魔法とは本来そういった、人々が生きやすくなるためのものでしょう?」

「そんな話は、聞いたことがない。お前はどこで、その情報を得たのだ?」


 困った相手を諭すような言い方をするシャールは真顔だった。

 ということは、メルキュール家の壊れた教育が、今の世での主流なのだろう。

 

「……じ、実家に一時的にあった魔法書に書かれていたのよ」

 

 まさか、五百年前の情報だとは言えない。

 一般的には転生が信じられていないし、私自身も自分がそうなるまで、こんなことが起こるなんて思ってもみなかったからだ。


「ラム、嫁いできたお前にはわからないかもしれんが、仕事に役立たずを投入し、メルキュール家の信用を落とすわけにはいかないのだ。この家が存続しているのは、優れた魔法使いを輩出しているからで、それができなくなれば廃れるだろう」

「あーもう……そんなだから魔法使いが絶滅危惧種になるのよ! 誰よ、最初にくだらないルールを思いついたのは!」


 シャールがいぶかしげに私を見る。

 ここではグルダンの考え方が当たり前で、シャールやフエ、子供たちもそうやって育てられてきたのだろう。

 だから、誰も今の惨状に疑問を抱かない。彼らもまた、犠牲者なのだ。

 

(でも、このままではいけないわ。こんなことを続けていれば、本当に魔法使いがいなくなってしまう。それに、辛い目に遭う子供は彼らで終わりにしなければ)


 グルダンが気絶してしまったので、私はシャールに訓練を任せて欲しいと提案した。

 しかし、シャールは難しい表情を浮かべる。


「お前一人に任せるのは不安だ」


 文句があると言うより、妻の身を心配しているような言い方から、今までの彼にない気遣いが感じられる。ちょっとは成長したのかしら?


「そういうわけだから、訓練には当主である私も同行する」

「子供たちが危なくなったら、ちゃんと助けるのよ?」

「……お前が望むのなら」


 シャール自身、まだメルキュール家の常識から抜け出せていないのだと思う。

 それでも、僅かに疑問を抱き始め、私に譲歩しようという前向きな意志が感じられた。

 あのときのお説教は、無意味ではなかったらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る