第19話 伯爵夫人は投げ飛ばす

 そして、学舎の生徒たちによる課外訓練の日がやって来た。

 防水ブーツを履いて、ずんずん近所の森を進んでいく。前日の雨で地面がぬかるんでいたけれど、空は青く澄み渡っていた。

 周りには高く頑丈な柵があり、中の魔獣が出てこられない仕組みで、鍵を開け扉の中に出入りする……ということは、凶暴な魔獣がいるのかもしれない。

 その証拠に、教師が意地の悪い表情で私を見ている。


「奥様、この先は危険ですよ。引き返すなら今のう……」

「行くわよ?」

 

 魔獣撃退くらい朝飯前なので、心配ご無用だ。

 同行してしたシャールは、私の攻撃力を把握しているため何も言わない。


 今回参加する子供は、前回も会った年長組の三人だ。

 まずはカノン。私とシャールの養子で水魔法が得意。最近は教えた魔法でめきめき実力を付けている。

 次にミーヌ。以前、私の魔法が見たいと最初に言い出した女の子で、私と同じく光魔法の使い手。戦闘訓練は苦手らしく、憂鬱そうだ。

 最後にボンブ。彼はカノンにライバル心を抱いている火魔法の使い手で、猪突猛進タイプ。今回の訓練に対してもやる気満々。

 ちなみに、教師はグルダンという名前で、シャールやフエの同期。いわゆる、頑固な頭でっかちタイプだ……とフエが言っていた。


「今回は三人で協力し、森の奥に放ったAランクの魔獣を退治してもらう。いつも通り、脱落者は見捨てる。そのつもりで挑むこと」


 五百年前と基準が変わらなければ、Aランクの魔獣は大人の上級魔法使いが仕事として請け負うレベルだ。

 ちなみに、ランクはGからSSSまである。

 最初がGからAまでだったのだけれど、次々に強い魔獣が現れたので、SやらSSやらSSSができてしまった。


(子供には、荷が重いのでは? こっそりついて行こうかしら)


 少し歩くと、教師のグルダンが、「ここから先は子供たちだけで向かわせる」と言い出した。グルダン自身は、この場所で待機するらしい。


「もし、子供が怪我をしたらどうするの?」


 私が尋ねると、彼は平然とした顔で「それまでだ。回収はしない」などとのたまう。

 

「はあ? それまでだって、何がなの? 魔獣に襲われて命を落とすようなことがあれば、どうする気?」

「だから、それまでだと言っているでしょう。弱い者は切り捨てますので、魔獣に襲われてそのままです。メルキュール家に弱者は必要ありませんのでね。これまでだって、そうしてきました。あの三人は、過酷な状況をかいくぐってきた生き残りですよ」


 それを聞いた私は、頭が真っ白になった。信じられない……

 メルキュール伯爵家でこんな異常事態がまかり通っていたなんて。

 

「はあーーーー? あんた、何をドヤ顔で虐待宣言してるのよ!」


 私はグルダンに詰め寄った。

 子供たちは離れた場所で、オロオロと様子を窺っている。

 

「お黙りください、伯爵夫人。これは、メルキュール家に伝わる学舎の方針なのです!」

「そんな風習、さっさと変えなさい! 子供の命を無駄に散らすような真似は許さないわよ」

「あなたに何ができるのです」

 

「いざというときに保護するため、今日は子供たちについて行きます!」

「馬鹿なことを。伯爵夫人は足手まといです。邪魔はしないでいただきたい」


 そう言うと、グルダンは私を脅すように腕を掴んできた。


(痛い……)

 

 後ろにいたシャールが「おい!」と止めたが、彼はお構いなしだ。

 今までのシャールの態度から、伯爵夫人を軽く扱って構わないと判断している様子。

 あの日のお説教は、私とシャール以外は誰も知らない。だから、グルダンは強気なのだ。


「多少変わった魔法を使えたところで、戦闘に活かせなければ意味がない。伯爵夫人はお荷物で役立たずなままなのですよ! 調子に乗るのもほどほどにしないと、こうして痛い目を見る」


 にやりと笑う彼の顔は、勝利を確信していた。

 しかし、私はきつく掴まれた腕に力を入れて振り回す。

 

「……放しなさい」


 瞬間、グルダンの足が地面から浮いた。

 

「ぐっ、何をっ!? ぬっ、ぬおおおぉぉぉぉーーーーーーーーっ!?」

「役立たずなのは、あんたの方よ。伯爵家の宝である子供を虐殺してどーすんの! これ以上馬鹿なことをほざいたらクビにするわよ!」


 自分を守る大人がいない中で、凶暴な魔獣と対峙させられ、子供たちはどれほど不安だっただろう。本当に、許せない。

 

 姿勢を低くして腕を前にブンッと振ると、しぶとく私の腕を掴むグルダンも宙を舞い、ドカンと地面に叩きつけられた。

 

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