第16話 伯爵夫人のお説教

 そのあと、私はシャールに手を引かれて会場を出た。

 パーティーとやらも終盤だし、シャールは陛下とのやり取りを終えたらしいので、帰って問題ないということだった。

 

「頬の腫れは……ないな。魔力を循環し、皮膚を硬化させたのか」

「そうよ。平手の上に令嬢の力だし、ちょっと腫れるくらいで済むでしょう」

「令嬢共はどうでもいい。お前は、他に怪我は?」

「特にないわ」


 唯一私の頬を心配した相手がシャールだなんて……釈然としない。

 

「それにしても、あなたが私の心配をするなんて、どういう風の吹き回しかしら」


 そう言うと、シャールは気まずげに視線をそらせた。

 

「思うところがあっただけだ」

 

 彼自身、明確な答えを持っているわけではなく、なにか迷っているような、考えている途中のような印象だ。

 そして、眉間を寄せつつぽつりと話し始める。


「私は今まで、全ての理不尽を自力ではねのけてきた。メルキュール家に在籍する魔法使いは皆そうだ」

「……はあ」

 

 なにを言い出すのかと思えば、自慢? 自慢ですか?

 

「だから、誰しも自分と同じ行動を取って当たり前だと思ってきた。もちろん、嫁いできたお前に対しても」

 

 それで、あの放置ぶりだったとでも言いたいのだろうか。あれは、かなり酷かった。


「……反省している。フエから報告は聞いたが、今日この目で直に見て、自分行動が周囲の横暴を助長させていたのだと理解できた」

「あら」

 

 どういう風の吹き回しだろう。

 

「なぜ、以前のお前が魔法を使わなかったかはわからないが……一歩間違えればメルキュール家が滅ぶくらいの愚を犯していたのだ」


 シャールの言い分に、私はなんだかガックリ来た。

 内心は彼の言うように多少後悔しているだろうが、決定的に言葉不足だし反省点がズレている。

 顔を上げて夫の目を見ると、僅かな戸惑いが見受けられた。

 

「あのね、他人に謝るときぐらい、シャキッとしなさい。今の言い方では、まるで家のためだけに反省しているみたいじゃない。私に関しては過ぎたことだし、今さらぐだぐだ言う気はなかったけれど、これから先、そんなので伯爵としてやっていけると思う?」


 叱責されるとは思わなかったのか、シャールはさらにうろたえている。

 

「いい年して、『ごめんなさい』も言えないでどうするの。ほら、謝るならちゃんと言葉に出す! あんたなんか、魔法を取ったらただの人格破綻者なんだから、そのまま年取ると後悔するわよ?」

「……いくらなんでも言い過ぎだ」

「だって、あなた、普通に伝えてもわからないでしょう?」

「こちらが黙っていれば……」

「ずっと黙って我慢していたのは私のほうです!」


 正確には、記憶が戻る前のラムだ。

 私は右手にぐっと力を込め、相手を見据える。

 このズレた分からず屋を、どうすれば説得できるだろう。

 

 メルキュール家全体がおかしいのは、なんとなくわかる。シャールもかなり影響を受けているのだろう。

 でも、当主である彼は、その環境に甘んじたままではいけない。正す側に回らなければ。

 いつまでも、おかしな方針をそのままに、苦しむ人を放置しているのは、単なる職務怠慢だ。


「旦那様……いいえ、シャール。あんた、ちょっと歯を食いしばりなさい」


 姿勢を低くした私は、彼に向けて拳を繰り出した。

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