第17話 伯爵夫人の拳

「あなたが苦労人なのは理解できた。学舎で一番をとって伯爵になるくらいなのだから、様々な苦境に耐えてきたのでしょう。けれど、今はメルキュール家全体の責任者なのよ? いつまでも、過去の境遇にあぐらを掻いて、甘ったれてんじゃないわよーーーー!」


 避ける間もなく、私の拳が余裕の表情を浮かべる彼の右頬にめり込む。

 シャールは放物線を描きながら城の方角へ吹っ飛んでいった。


「ふう、つまらぬものをしばいてしまったわ」

 

 咄嗟に魔法で衝撃を緩和したようが、彼は油断して私の力量を見誤った。

 本気でガードしなければならないところを、小手先の魔力で軽くいなしたのだ。


 しばらくすると、城のほうからシャールが歩いて戻ってきた。

 頬をさすりながら眉間にしわを寄せている。


「ラム、痛いぞ」

「顔面ど真ん中でないだけマシよ。帰りの馬車でもお説教です」


 憮然とした表情のシャールだが、反抗せず大人しく馬車に乗り込んだ。


(素直に私の言うことを聞くなんて)

 

 ちょっと意外だったので、驚いてしまう。

 最悪の場合、見捨てる選択も頭をよぎったけれど……シャールは自分なりに反省しようと試みているので、救いはあるだろう。


「とりあえず、これからは腹が立ったときは容赦なく殴るわ」

「……そんなヘマはしない」


 プイッとそっぽを向く彼の頬は、殴った右側だけでなく左側も赤く染まっていた。


 ※


 パーティーが終わり、またメルキュール家での日々が始まった。

 何故かシャールが家にいることが増え、いつも私の周りをうろつくので不気味だ。

 

(殴られて嬉しいとかいう、特殊性癖が目覚めていたらどうしましょう)


 新たな不安が芽生えた私だった。

 

 シャールだけでなく、近頃はカノンも私の周りに出現するようになった。

 魔法を教えてから、懐かれてしまったようだ。


(今の時間は学舎の授業があるはず。また抜け出してきたのね)

 

 ただ、カノンは相変わらず、シャールについては苦手みたいだった。

 

(義理とはいえ、親子なんだから接点を持って欲しいわね。無理強いはできないけれど)


 まだまだ、メルキュール家には課題がたくさんある。


(乗りかかった船だし、他にすることもないし。メルキュール家を出て行くまでに、ここの環境を改善しておくのも悪くないわね)


 魔法使いが減り、魔法の種類も減り続ける中で、なんの縁か魔法に関わりのある、メルキュール家に嫁ぐことになった。

 今世で五百年の間に消えた魔法の復活に貢献するのも楽しそうだ。


 

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