第15話 伯爵夫人のカウンター
その証拠に、二人の令嬢が人々の合間を縫って私に近づいてくる。
(シャールは「気をつけろ」なんて言っていたけれど、正直、この子たちに脅威は感じないわ。正当防衛で、うっかり消し炭にしないよう、気をつける必要はありそうね)
二人の令嬢はさっそく、近くに置かれたテーブルのジュースをひっつかみ、私めがけて勢いよく中身をぶちまけた。
(そんなことだろうと思ったわ。カウンター魔法ではじきましょう)
周囲に現れた光の壁が、ジュースから私を守る。
降りかかってきたジュースは、壁にぶつかると方向転換し、かけた本人たちへ返って行った。
「きゃぁぁぁっ! 新品のドレスがぁっ!」
「嘘でしょう!? これ、よりによって、ドリアンジュースじゃないの!!」
「あ、あなたが、ジュースをかけようなんて提案するからっ!」
「わたくしのせいにしますの!? あなたがドリアンジュースなんて選んだせいで、全身から異臭がしますわ!」
二人の令嬢は仲違いしながら逃げて行った。
私に注目が集まった気がするけれど、素知らぬふりでジュースの置かれたテーブルへ近づく。
「ふんふん、これがドリアンジュース。変わった味だわ……五百年の間に、珍しいフルーツが手に入るようになったのね」
目新しいジュースを楽しんでいると、新たな令嬢が取り巻きを連れてやって来た。
(なかなか懲りないわね)
身分が高いのか、一番派手な装いだ。なんとなく見覚えがある。
彼女は前回、率先してラムを虐めていた令嬢ではないだろうか。
名前は、たしか、リリロッサ・ローズ侯爵令嬢だったと思う。プライドが高く、気の強い典型的な高飛車お嬢様だ。
「ちょっと、あなた! わたしくしの友人にジュースをぶちまけるなんて、許せませんわ!」
「そんなことしていません」
私は光のカウンター魔法で防御していただけで、相手が勝手に自滅したのだ。
「とにかく、こちらへ来なさい! わたくしたちを敵に回したこと、後悔させてあげますわ!」
「後悔させられるのに、行くわけないじゃないですか」
「そうです、大人しくついて来ればいいのです……って、えっ!?」
リリロッサはあんぐりと口を開けた。取り巻き令嬢も「メルキュール伯爵夫人のくせに、リリロッサ様に逆らうなんて信じられない!」と言って、私を凝視している。
「大声で騒ぐとほかの人の迷惑ですよ。ほら、行った行った」
シッ、シッと追い払う手を……しかし、リリロッサは左手でバシッと掴んだ。
ついでに、右手でバシッと私の頬を張る。
周囲が静かに黙って見守っているせいで、その音は会場に大きく響いた。
「役立たずなメルキュール伯爵夫人の分際で、わたくしに楯突こうなんて百年早いのよ! あなたなんて、シャール様に相応しくありませんわ!」
「ふーん。あの人、意外とモテるのね」
まさか、いいところのお嬢様が、こんな場所で他人の頬を張るなんて……いろいろと、びっくりだ。魔法で防御したから全然痛くないけど。
(痛いのは嫌だし、皮膚の強度も高めておきましょう。鉄くらいの硬さで大丈夫かしら、オリハルコンくらいのほうが安心かしら)
リリロッサはまだ、私の頬を叩き足りないみたいだった。鼻息荒く、もう一度右手を振りかぶっている。仕方のない人ね。
「カツラを浮かせられるくらいで、調子に乗るんじゃないですわーっ!」
バシッという音は鳴らなかった。
ゴツンと固い音がし、リリロッサの顔が苦痛に歪む。
「――――っっ!」
突如、今にも泣き出しそうな表情になったリリロッサに令嬢たちが駆け寄る。
「リリロッサ様!」
「大丈夫ですかっ!?」
私の頬を心配してくれる人は一人もいない。世知辛いわ。
しかし、今のは、誰がどう見ても、私が一方的に叩かれている図にしか見えなかったはず。
「やれやれ、つまらぬものを弾いてしまったわ」
リリロッサは強気な態度を崩さず、ヨロヨロと後退する。
彼女はまだ、諦めていなかった。
「あなたたち、あの無礼な女をやっておしまいなさい!」
涙声のリリロッサの命令で、令嬢たちが動き出す。ここ、会場のど真ん中なんですけど。
しかし、令嬢たちの手が私の頬に届くことはなかった。
「そこまでだ」
と、よく知る声が響いたからだ。
同時に、隣に背の高い人物が立つ気配がする。
私に詰め寄る令嬢は、全員真っ青な顔になった。
「余計な手出しをしなくていいのよ、旦那様?」
「戻ってみれば、おかしなことになっていたから、首を突っ込んだだけだ。それで……」
シャールは冷たい視線をリリロッサたちに向ける。
「妻に何用だ?」
奴の視線はとても鋭い。通常時でもなかなかの悪人面なので。
それにしても、これ見よがしに私の肩を抱くのを止めてもらえないだろうか。
「シャール様、メルキュール夫人が悪いのですわ! わたくしの手が、こんなことに……!」
リリロッサの手は真っ赤に腫れていた。
でも、平手打ちしただけなので、そこまでの衝撃はないはず。冷やせば治るレベルだ……たぶん。
「知るか。お前がラムを叩いたんだろうが」
もしかして、シャールは誰に対しても、こんな物言いなのだろうか?
「違いますわ、この女が……」
「ラムが一方的に叩かれていたんじゃないのか? 異論のある者は?」
そう言って、シャールが辺りを見回す。
周りの貴族たちも「そうです」、「反撃はされていません」などと答えた。
彼らはきっと、私の魔法が「灯りをともす」または「カツラを飛ばす」だけだと思っている。
すると、騒ぎを聞きつけたリリロッサの父親が駆けつけてきた。
(あ、あら……)
その男性は先ほど魔法を使った相手だった。
ヘンテコなカツラは羽ばたいて行ったので頭頂部に何もないが、変なフサフサを乗せるより似合っている。
「リリロッサ、これは一体どういうことだ。何をしたのだ?」
「お父様、聞いてください。この女が……!」
そう言って、私のほうを指さす。
彼は侯爵であるはずなのに、メルキュール伯爵であるシャールを恐れている。
ついでに、私も……
事情を聞いたリリロッサの父親は、娘に向けて激怒した。
「この、馬鹿者が! なんと失礼なことを……」
いやいや、あなたも大概でしたよ?
「申し訳ございません、伯爵夫人。すぐ医者の手配をいたします」
しかし、そんなこれをシャールが遮った。
「私が彼女を医者のもとへ運ぶ。それより、今後侯爵家への魔法使いの派遣は考えさせてもらおう。我がメルキュール家も、魔法使いが無尽蔵に在籍しているわけではないからな」
メルキュール家の魔法使いの数はたしかに限られる。
シャールやフエ、数人の大人の魔法使いたちと学舎の子供たちのみだ。
なので、派遣するにも優先度があるという。
魔法使いの必要性や身分などを配慮して優先順位をつけるそうだが……彼らの優先度は最下位になってしまったらしい。
「そ、そんなっ。困ります、祭典の警備や魔獣退治など、魔法使いの力が必要なのに」
「だが、貴様とその娘は魔法使いである妻を軽視した。よりにもよって、私の目の前でな。再び派遣して欲しければ、行動を改めることだ。そこの小娘共の家も同じだと思え」
侯爵家の二人はへなへなと床に膝をつき、令嬢たちはさらに顔を青くして泣き出す。
もはや、この混乱を鎮められる者はいなかった。
そして、私がシャールが周囲から一目置かれる理由を理解したのだった。
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