第12話 妻への感情について
シャールは寝台に倒れた妻を上から見下ろしていた。
衝動のまま妻を押し倒したものの、らしくない真似をしている自覚はある。
今までは、このように、特定の異性に対して興味を持つことなどなかったというのに。
だが、近頃はラムが気になって仕方がない。訳がわからない。
あの日、自分に初めて彼女が反抗してきたときから、無駄に構いたくなってしまう。
自分に意見してくる者は、そう多くはない。メルキュール家の者なら尚更だ。
ラムは離婚を望んでいるようだが、手放すという選択などない。
実家から売り飛ばされた、ラム・イボワール男爵令嬢は存在感の薄い女だった。
爆弾のような人間ではなかった……はずだ。
しかし、今は妻と共にいると、戦場に立つのに似た高揚感を覚える。
とはいえ、本人が動揺のあまり寝台の上で気絶してしまったので、すぐに手を出す気はない。
そんな相手に何をしても楽しくないし、シャールは自分の子を残そうと考えてはいない。
(私のときのような、あんなゴタゴタはうんざりだ)
メルキュール家の学舎出身のシャールは、魔力と魔法の実力が申し分なく、王命により前メルキュール伯爵の跡取りに選ばれた。
高位貴族出身のシャールだが、長男ではなかったこともあり、幼少のうちにさっさとメルキュール家に出されてしまったのだ。
しかし、そのとき、既にメルキュール伯爵夫人には息子がいた。
シャールと同い年の少年が。
彼も、他の子供と同じように学舎で魔法教育を受けていた。
当然、伯爵夫妻は自分の子を跡取りにしたがった。義務より親子の情を選んだのだ。
彼らの子の実力は学舎で二番目で、一番はシャール。
伯爵夫妻にとって目の上のたんこぶであるシャールは邪魔な存在で、二人はありとあらゆる手段を用いてシャールを排除しにかかった。
嫌がらせなのか、学舎で学ぶ教育を一部省かれたりもした。一般常識や貴族としての社交に関しての部分だ。後に独学で学んだものの、今でも自信があるわけではない。
しかし、実力こそが全てのメルキュール家で、シャールは学舎での訓練に手を抜きたくはなかった。
学舎にはシャールの前にも跡取りがいたようだが、その人物も伯爵夫妻により排除されたみたいだった。周囲に自分を守ってくれる者はいない。
そして、十五歳になったとき……シャールは生き残るため戦う道を選んだ。
自分に刃向かってくる教師、使用人、伯爵夫妻を手にかけた。
いち早くシャールに味方したのがフエ。
彼は伯爵が愛人に産ませた子ということもあり、伯爵夫人やその子供から虐げられていたのだ。成績はいつもビリ。理由は手を抜いたからだと、シャールだけが知っていた。
上から順に片付け、シャールは実力で伯爵の座を勝ち取った。
学舎と伯爵家しか知らないシャールには、それしか生き方がわからなかったのだ。
シャールに味方した子供たちの面倒も見なければならない。
誰も手を差し伸べない中で、知っている大人が就いていた食を踏襲するのが、最も効率的な道だった。
そうして、残忍で冷酷と恐れられたシャールは、歴代最年少のメルキュール伯爵になった。
頭を振って苦い思い出を消し去り、暢気に寝息を立てる妻を見つめる。
自分がラムから嫌われている。自覚はあった。
女性への接し方などわからないし、今までは知ろうとも思わなかったのである。
しかし、どうしてか、妻のことを放しがたく思ってしまった。
自分にまっすぐ向き合って意見し、冷静なフエを驚かせ、カノンの笑顔を引き出す。
彼女がいれば、血濡れのメルキュール家の何かが変わるかもしれない。
そんな風に思えてしまうのだ。
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