第9話 魔法に詳しい母について
暖かい中庭で、カノンは慣れない魔法に苦戦していた。
目の前で熱心に魔法を指導するのは母親のラム。
父の後妻で、少し前にメルキュール伯爵夫人になった人物だ。
彼女の第一印象は、「毒にも薬にもならなさそうな女」だったが、性悪な前妻よりもマシかと思ったくらいで興味は湧かなかった。
だから、会う理由を作るのも面倒で放置したのだ。
こんなことなら、もっと早く会いに行けばよかった。
印象がガラリと変わったのは、学舎での授業の日。
同じ学舎で学ぶ生徒と教師がラムに意地の悪い要求をしたときだった。
カノンはと言えば、どうなるのか興味が湧き、ただ母を観察していた。
すると、驚いたことに、彼女は高度な空間魔法と幻覚魔法を使い始めたのだ。
教師だってできない代物だが、ラムは難なくやってのける。
(なんだ、なんなんだ、こいつは……!)
ラムへの印象が変わった瞬間だった。
「カノン、そこは魔力を盛っても大丈夫。それより、イメージが大事よ」
母はカノン向けの魔法構築まで即席で考えてのける。ただ者ではない。
第一段階、水の膜を張り、光を反射させて、闇で空間をイメージ。
あとは、他の魔法と掛け合わせながら景色を作っていくのだけれど、これが難しい。
(簡単にイメージと言われても)
そんな訓練は受けていないのだ。
今まで行ってきたのは、正確な攻撃魔法と防御魔法、魔力制御の訓練だけ。
このような、一見無意味とも思える、景色を楽しむ魔法なんて知らない。。
「いい感じに、魔力を分配できているわね。景色の投影は……微妙だけど。何これ、
木と岩? 独特なセンスね」
ラムの感想は正直だった。
カノンには芸術的な想像力が皆無。
何か投影しようと思って浮かんだのが、その辺に生えた木と、学舎の裏にある訓練用の岩だった。ちなみに岩は、訓練で魔法をぶつける的になる。
「カノンは、学舎を出ることはないの?」
「ここへ来てからは、ありません。勝手な外出は禁止されているので」
「あらそう。今度、一緒に出かけましょう」
「……話、聞いてます? 禁止なんですってば」
「許可をもらえばいいんでしょ? 伯爵夫人の権力を使うときが来たわ」
いくら伯爵夫人でも無理だろうと突っ込みたくなったが、本人はやる気満々の様子。
水を差すのも気の毒に思ったので、カノンは賢明にも無言を貫いた。
魔法に夢中になって、気づけば正午を過ぎている。
「カノンはすごいわね。一日も経たないうちに魔法をマスターできて」
「まだ不安定だし、景色も単純なものしか投影できませんが」
「優秀なほうだと思うわ」
「……メルキュール伯爵家の跡取りとしては、実力不足で未熟です。父も、本当は認めてくれていない。学舎で一番成績がいいから、僕が跡取りに収まっているだけで、より優れた人物が出てきたら、あっさり取って代わられるでしょう」
心のうちを話すと、母は何故か鼻息を荒くして怒っていた。
「あいつ、最低ねー。父親失格だわ。今度会ったら、幻影魔法をぶちかまして、恥ずかしい思いをさせてやるわ」
「は、母上!?」
あの父を、メルキュール家、歴代最強と謳われるシャールを「あいつ」呼ばわりし、罵るなんて。
しかし、母はカノンの動揺ぶりに気づかない。もしくは、気にしていない。
歴代最強と言われるシャールに「恥ずかしい思いをさせてやる」と宣言する人物など、今まで一人として現れなかった。
父は、女性相手に力を加減するような性格ではない。このままでは母が危険だ!
焦っていると、庭の向こう側から誰かがやってくるのが見えた。
奇しくもそれは、今一番会いたくない人物……シャール・メルキュール伯爵本人だった。
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