第10話 伯爵夫人と夫と息子
私は庭の一角で白銀の髪を持つ冷たい美貌の夫、シャール・メルキュールと対峙していた。
赤い双眸を細め、ひたと妻を見つめる彼は、息子とのやり取りを気にした様子もなく、ただ一言「パーティーが開かれる。参加するように」とだけ告げる。
突然現れてそんなことを言われても、何がなんだかわけがわからない。
不親切極まりない、とんでもなく最低な夫だと思うだけだ。
もはや、敬語を使う気すら失せてしまった。
「パーティーって、なんの? 今まで話をされた記憶はなかったと思うけど?」
実家で虐げられていたラムは嫁ぐまで公の場に出たことがなく、嫁いでからも社交界になじめていない。
もともと部屋に引きこもりがちで、親しい友人が皆無なのも、それに拍車をかけた。
箱入りかつ引きこもりの元令嬢が、孤立無援で貴族の集まりに放り出されて、上手く振る舞えるはずがなく……
結果は火を見るよりも明らかで、その後、彼女へのパーティーのお誘いは一件もなくなった。
だというのに、今になって突然、どういう風の吹き回しなのだろう。
私の視線に気づいたシャールが、面倒そうにため息を吐いた。むかつく男である。
「王城での集まりだ。討伐の表彰式が城で行われ、ついでに社交の場が設けられる。要するに、俺を称える催しだ」
「へー……しょうもな……」
両親が険悪なせいか、カノンがオロオロとうろたえている。
そして、彼はシャールが苦手みたいだ。
「私は病弱だから、パーティーは欠席するわ。どうぞ、お一人で称えられてきてくださいな」
「それは大変だ。会場では抱き上げて移動しよう」
「は?」
普段の冷徹な伯爵の姿はなりを潜め、そこにはニヤニヤと不遜な笑みを浮かべる男が立っている。
「夫婦での参加は必須なんだ。病弱だかなんだか知らないが、私に幻影魔法をぶちかませるのなら大丈夫だろう」
「聞いていたの!? 盗み聞きなんて最低だわ。離婚です」
「おいおい、よさないか。子供の前だぞ」
シャールがわざとらしく、大げさに肩をすくめて見せる。
カノンのことなんて、これっぽっちも気にかけていないくせによく回る舌だ。
「不安になる必要はない。俺がしっかりエスコートしてやろう」
「あなたにそんな真似ができるとは思わなかったわ。びっくりしすぎて、魔法を暴発させてしまいそう」
「それは面白い……当日は逃げるなよ? 結婚当初の社交場で散々な目に遭ったせいで、避けたい気持ちはわかるが」
ああ言えばこう言う。しかも、シャールはラムが社交の場で孤立していた事実を知っていたのだ。そして、見て見ぬふりをしていた。
そんな男と夫婦としてパーティーに参加したくない。
しかし、パーティに参加せずに「逃げた」と思われるのは癪だ。
「出ればいいんでしょ、出れば。その代わり、何が起こっても知らないからね?」
「お前がやらかすのを楽しみにしている」
「笑っていられるのも、今のうちよ! 大恥を掻かせてやるわ!」
宣戦布告をしているのに、シャールはどこまでも愉快そうに笑う。
そして、純粋なカノンの困惑を含んだ視線が痛い。
(シャールの言う内容を認めるのは癪だけれど、たしかに子供の前での夫婦喧嘩は駄目よね。これ以上は控えましょう)
くるりと振り返り、息子に向かって「大丈夫よ」と微笑む。
午後の木漏れ日が落ちる庭でカノンを気遣いながら、私は視線だけでシャールを威嚇するのだった。
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