第8話 伯爵夫人は魔法を教える

 翌日、今日も今日とて勝手に身支度をすませた私は、一人で庭の隅へ向かった。

 落ちていた箒を拾い、片手でぶん回す。

 うーん、スッキリ!

 晴れやかな清々しい空に心地よい風。絶好の運動日和だ。


「あ~……やっぱり、久々だから体が鈍っているわね。運動しないと」


 伝説級の魔法使いであるアウローラだった時代、魔法使いの主な武器は、木製や金属製の華奢で特殊なロッドだった。

 剣士のように、剣や槍を持たないのは、ひとえに重いからという理由。


(私ほどになれば、常時軽量化の魔法を使えるけれど、できない子も多かったからね)

 

 当時の魔法使いはゴリゴリの兵士より、貧弱なインテリ派が多数。

 筋力や体力に自信がないという理由で魔法使いになった者もいたくらいだ。

 

 もっとも、筋力も体力もあるに越したことはない。

 というわけで、私はアウローラだった時代から、ずっと体を鍛えている。

 しかし、間にラムだった時間を挟んだせいで、体は鈍りに鈍っていた。

 動きに体がついてこない上に、ちょっとした運動ですぐ疲れる。


(さすが、虚弱な男爵令嬢ね……手強いわ。まずは筋トレね)


 早くもバテて休憩していると、近くの茂みがガサガサと音を立てる。

 そちらに目を向けると、中から見覚えのある美少年が姿を現した。

 シャールとも私とも異なる青い髪に澄んだ水色の瞳、利発そうな面立ち。学舎で鍛えられているからか、体も引き締まって健康的だ。


「カノン……」


 実は、先ほどから視線は感じていた。けれど、害のないものなので放置していたのだ。

 戸惑いがちなカノンは、私を見て「母上……」と声を出す。新鮮な響きだ。

 私、二十歳。カノン、十五歳。母子としてありえない年齢差。

 ちなみに、シャールや彼の前妻は二十五歳で、カノンとは十歳差だった。

 

(メルキュール家、ヤバすぎでしょ)


 それでも、一応息子なのだから、母親らしく接そうと思う。

 

「どうしたの? 何か用事かしら?」

 

 できる限りの笑顔を心がけてカノンのほうを見ると、彼は何故かモジモジしていた。


「あの、母上、昨日の魔法……すごかったです。先生や友達が失礼なことを言ってすみませんでした」


 こちらの様子を窺いながら謝罪する息子を前に、私は感動した。

 

(いい子!)


 今世では、誰かに罵られることはあれど、謝られる経験などなかったのだ。

 だから私は笑顔でカノンに告げる。


「大丈夫よ、気にしていないわ」

「母上は、あんな魔法を一体どこで習ったのですか?」

「独学よ」


 母親らしい微笑みを心がけ、優しくカノンに話しかけたのだけれど……息子の頬がひくついている。


(あら、疑われているのかしら?)

 

 誤魔化さなければと、私は創作話を用意し、たたみかけた。

 

「か、体が弱かったから、部屋で一人で魔法を研究していたのよ。体が弱かったから、今まで実際には使えなかったのだけれどね! 体が弱かったから、両親も詳しく知らないの! 特に誰かに聞かれることもなかったし……」


 とにかく、なんでも体が弱かったせいにする。

 前回の「体調が悪かった」に新しいレパートリーが追加された。


「……そうですか」


 カノンは私の勢いに押されて納得してくれる。

 いや、納得はしていないかもしれないけれど、頷かざるを得ないというところだろう。

 とりあえず、質問を遮ることができたのでよし。

 

「ところで、母上、その魔法を僕に教えてくださいませんか?」

「空間魔法と幻覚魔法とを掛け合わせだったわよね? いいけど……」


 私とカノンでは、得意属性が異なるので、少々魔法制御の方法を変える必要がある。


(うーんと、ここを組み立てて、あそこは強めに、そっちも調整して……うん、こんな感じでいいかも)


 頭を整理し、彼の得意属性に合った魔法を指導する。


「あなたは水魔法が得意だから、それを活かした方法にしましょう。私のは、光魔法をベースにしているから、ちょっと違うの。心配しなくても、結果は似たようなものよ。水魔法は光と並んで、幻覚魔法にもってこい」

 

 というわけで、さっそく実戦だ。

 手取り足取り、カノンを指導していく。モットーは楽しく!

 

「ここの調整は、これくらいですか?」

「細かいことは気にしないで。できあがってから、好きに調整すれば大丈夫」

「複数だと魔力が安定しにくいです」

「あら、いい練習になるじゃない。頑張ってね」


 次期メルキュール伯爵と言われているだけあり、カノンは筋が良くて飲み込みも早い。

 ただ、融通が利かない。


「母上の方法だと、魔法学者の理論と異なるのですが……どういった解釈で採用したのですか?」

「んー? 今の気分?」

「この魔法は、どの文献で読まれたのですか?」

「さあ、五百年前にはあった魔法だと思うのだけれど」

「五百年前!? 新魔法ではなかったのですね!? しかし、一般的な魔法歴史書では見かけませんが」

「うーん? どこかで忘れられたのかしら? 昔は割と普通に使われて……げふん、げふん、なんでもないわ」


 現代の魔法は、なんというかつまらない。

 五百年の間に、実用重視路線に教育が切り替えられたせいだ。

 

「母上の持っていた魔法書を読んでみたいです」


 そんなことを言われても、実在しないので困る。

 

「ごめんなさい、両親が処分しちゃったの。でも、魔法については私に聞いてくれれば教えられるわよ。本の内容は全部覚えているから」

「全部ですか!?」

「ええ、体が弱かったから、それしかすることがなかったの」


 病弱設定、便利だわ。

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