第5話 伯爵夫人は息子に会う
木造で三階建ての大きな建物――学舎の中には大勢の、魔法の才能のある子供たちが集められている。彼らはここで、魔法の制御や扱いについて学びながら生活するのだ。
そして、中でも一番優れた子供が次のメルキュール伯爵になる。
現伯爵のシャールも、そうやって学舎から選ばれた。
(こんな場所に押し込められて、子供たちも気の毒ねえ……つまらなさそうだわ)
のびのびと魔法で遊べた昔と比べ、魔法事情は大きく変わってしまったみたいだ。
フエは勝手知ったる様子で中へ入っていく。
「学舎へはよく来るの? 慣れているみたいね」
問いかけると、彼は笑みを浮かべながら頷いた。
「はい、仕事で訪れることがあります。それに、俺も学舎の出身なので」
「そうだったのね」
「ええ、伯爵はもちろん。補佐などの要職に就く者もここから選ばれるんです。メルキュール家に関わるには、魔力は必須なので」
「なるほど、それで伯爵夫人の条件も『魔力があること』だったのね」
「我々ほどの力は要求されませんが、それでもないよりはあるほうがいいと、代々言われていますので」
一階が授業を行うための場所で、二階と三階は生活をする場所らしい。
庭の一角に訓練場が設けられており、大がかりな魔法を使う場合はそちらへ向かうそうだ。
年長の子たちは魔獣退治にかり出される機会もあるとか。
「現在、学舎の在籍者は総勢十名。六歳から十五歳までの子供がいます。カノン様は十五歳で最年長ですね。子供たちは十六歳で学舎を出て伯爵や補佐、職業魔法使いとして各所で働きますが、全員メルキュール家の所有物として扱われます」
「そうなんだ。いっそ、全員うちの子にしちゃえばいいのにね。跡継ぎは決まっていても、そのほかに子供は何人いてもいいわけだし」
言うと、フエは複雑な表情を浮かべて……そして、やはりまた微笑んだ。
「なかなか難しいですよ、現実は」
「そういうものなのね」
話をしながら歩いていくと、訓練中の子供たちが見えた。全部で三人だ。
「あれは、年上の子供たちですね。カノン様もいらっしゃいます。教師は俺の同期で火魔法の使い手。彼も学舎の出身です」
今は座学の時間らしく、本を読みながら全員で地味な魔法を出している。
「カノン様の得意魔法は水全般です。今は、魔法制御の訓練中みたいですね」
「制御?」
「ええ、極限まで力を込めた魔法を、小さく凝縮して維持する訓練です」
「へー……つまんなそう」
そんなことをして、なんになるのだろう。
魔法を小さく凝縮しようが、維持しようが、いざ使うとなれば関係ない。
極限まで力を込めた巨大な魔法をぶっぱなし合うのが戦闘の場での主流だし、維持にしても長時間こらえる意味はない。唯一機会があるとすれば防御系の魔法を使用する際だけれど、それだって、広範囲に魔法を広げなければ維持したところで無意味だ。
防御魔法の使い手は、一般人の保護に回ることが多いので、否が応でも広範囲の魔法を要求される。
けれど、今どきの魔法訓練はこれが主流なのだろうか。
(魔法はもっと楽しいものなのにな)
長い年月を経て価値観が固まり、魔法自体の魅力は忘れ去られてしまったらしい。
今の魔法教育に、私は疑問を抱いた。
「奥様は光魔法の使い手でしたね」
「そうよ。フエはなんの魔法を使うの?」
「俺は風です」
「あら、便利な属性ね」
「一番使い勝手がいいです」
しばらくすると、訓練中のカノンがこちらに気づいた。
授業中だった教師も、私やフエのほうを見て、子供たちに訓練を中断するように言う。
「これはこれは、奥様、学舎へようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか」
「体調がよくなってきたから、今日は伯爵家の敷地内を回っていて……カノンの様子を見に来たの」
急に部屋から出て動き回るようになった理由を、私は「体調がよくなったから」という理由で通している。
カノンはといえば、考えの読めない青い瞳で私を眺めていた。
(そうよね。数ヶ月もの間、自分を放置したくせに、今さらなんの用だという感じよね。もしくは、侍女たちの言うように、本当に私に会いたくなかったとか?)
他の子供や教師は、冷めた表情でこちらを見ていた。
侍女や使用人たちから感じたような、ほの暗い悪意が垣間見える。
固唾を呑んで成り行きを見守っていると、子供の一人が声を上げた。
「私、奥様の魔法、見てみた~い」
続いて、もう一人の子供も便乗する。
「俺も見てみたいです~」
さらには、彼らの言葉を聞いた教師までが、「見せてやってくれませんかね」などと言ってきた。
子供たちはともかく、教師はラムの貧相な魔法を知っているはずだ。
(その上で提案するとは、私に恥を掻かせる気ね。いい度胸じゃないの)
メルキュール家では、魔法の実力が上下を決めるようなところがある。
私の魔法は前妻と比べてしょぼいから、侍女たちも言いたい放題だった。
「いいわよ。せっかくだから、さっきやっていた制御や維持を生かした魔法を見せてあげる」
言うなり、私は光を中心に他属性の要素を足した魔法を展開する。
今の魔法教育は得意な魔法に特化するみたいだけれど、魔法は組み合わせてこそ効果があるのだ。
室内を霧が包み込む中で、思いつく限りの様々な景色を映し出す。
(これは、空間魔法と幻覚魔法とを掛け合わせたものだけれど、今の時代に存在しているかしら?)
引きこもりのラムは現代の情勢を何も知らないから、ちょっと困る。
植物の魔法と合わせて花畑の風景を写し出したり、雪景色にしてみたり、暑くない火を演出してみたり、虹を出してみたり。空間の維持や幻覚の制御を使う。
ついでに空気の凝縮も行い、微妙に気温も変化させた。
(『本来の魔法は楽しいのよ』という思いを込めてみたけれど、伝わったかしらね?)
しかし、子供たちは楽しむどころか、目を見開いたまま固まっていた。
子供どころか、教師やフエまで同じ姿勢でポカンと口を開いている。
(あれ? 不評だった?)
どうしたものかと戸惑っていると、フエがようやく声を発した。
「奥様、今の魔法は一体」
「光魔法をベースに、維持した空間の中で様々な魔法を組み合わせたのよ? 大がかりな魔法を見せてもよかったけれど、ここは室内だし……」
教師と子供たちは、まだ動かない。
子供たちは、初めてこの魔法を見た様子だし、フエの反応を見るに、大人たちも初見なのかもしれない。
前世では、そこまで珍しい魔法でもなかったのだけれど。
「そ、そんなに難しくないわよ? 光魔法と闇魔法をいじって好きな空間を作れば、あとは想像力に任せてダーッと他の魔法を混ぜて、ババンと光魔法で投影する感じで……」
しかし、誰も何も言葉にしてくれない。新手の意地悪なの?
「奥様、ちょっといいでしょうか?」
「何かしら、フエ?」
「お聞きしたいことがありますので、続きは庭で……」
おかしな様子のフエに促され、私は学舎の外へと連れ出されてしまった。
せっかくカノンに会えたのに、一言も話せずじまいだ。
「奥様の魔法は、『灯りをともす光魔法のみ』だと、伝えられていたのですが」
庭を歩きながら、フエが困惑した様子で口を開く。
「ええ、体調が悪かったから」
なんでも体調のせいにしてしまっているけれど、都合がいいからこのまま使い続けようと思う。
「体調……ですか」
「そうなの。あまりいろいろやり過ぎると、具合が悪くなるの」
「そのほかに、奥様が扱える魔法は……」
「得意なのは光だけれど、全属性が使えるわよ。組み合わせ次第で変えられるし」
フエは変な顔になっている。
「あの、奥様は魔法教育をどこで受けられたのですか? 男爵家からは、そんな話は聞いていなかったので」
「なんというか……独学よ。想像力って大事よね」
「想像力!?」
「魔法は楽しむものよ」
それから、敷地内を一周して屋敷へ戻ったのだけれど、フエの様子は、どこか上の空のように見えた。
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