第4話 伯爵夫人は補佐に会う
すがすがしい朝が来て、私は元気にベッドから飛び降りる。
「はー! うるさい侍女どもが消えてスッキリしたわー!」
朝早くにたたき起こされ、くだらない理由で小言を言われ、最低限の身支度に嫌がらせのように時間をかけられ、朝食は残り物の固いパンや野菜くず。
関係者は全員しばいてクビにしてやったが、よくもまあ、今までラムはこれに文句の一つもぶちまけずにいたものだと思う。
侍女は辞めたけれど、着替えや身支度に困ることはない。
もともと、前世ではなんでも自分でできたし、複雑なドレスも魔法を使えばなんとかなる。
さっさと着替えた私は部屋の外に出た。
屋敷の内部はかなり把握できたので、そろそろ他の情報を得たいところだ。
いちいち妨害してくる使用人がいなくなってので、毎日が快適だった。
今日の朝食は、さくさくの生地がおいしい焼きたてパンと、盛りだくさんのフルーツ、採れたて野菜のスープ!
(残飯ばかり出してくるコックをクビにしてよかった~!)
もりもり朝食を口に運んでいると、向かい側の席に誰かが座った。
視線を上げると、見慣れない男性が微笑みながらこちらを見ている。
伯爵夫人の食事中に無断で同席するなんて常識外れの行動だけれど、不思議と彼から悪意は感じなかった。
(そうだわ、この顔……シャールの隣にいつもいる人じゃないかしら?)
黒と焦げ茶の斑の髪に、人がよさそうで整った顔。
接点がなさ過ぎてうろ覚えだけれど、そんな気がする。
「おはようございます、奥様。こうしてお話しするのは二回目ですね。伯爵補佐のフエと申します」
ラムが緊張していたせいか覚えていないけれど、一回目は初対面の顔合わせだと思う。シャールの側近ということで、挨拶されたかもしれない。
「おはよう、フエ。見ての通り食事中だけれど、要件があるのならどうぞ」
食事を続けながら相手の出方を窺うと、フエは愛想のいい表情を浮かべて話しだす。
「奥様は本日、ご予定が詰まっておりますか?」
「詰まっているように見える? 暇すぎて屋敷じゅうの環境を整え終えたところよ。今日は外へ出てみるわ。外と言っても、敷地内だから安心して」
「それなら、自分が案内します。解説係がいたほうがいいと思いません?」
「なぁに? 伯爵に妻を見張れとでも言われた?」
「いえいえ、とんでもない。ずっとお一人で過ごされていたようですので、奥様のお役に立ちたいと考えただけですよ」
「そういうことにしておいてあげる」
デザートを食べ終えた私は、席を立ってフエを観察する。
なんとも信用ならない相手だ。
「それじゃあ、外を案内してくれる?」
「ええ、喜んで。では、別邸にいるカノン様のご様子でも見に行きましょうか」
「……そうね。私も、いずれはあの子に会わなければと思っていたわ。最初に挨拶して以来、一度も面会の許可が下りなかったから。息子なのに」
以前の気弱なラムは、子供が好きだった。
しかし、「息子に会いに行きたい」と訴えても、侍女や使用人が「旦那様の許可が下りませんので」と言って、取り合ってくれない。
終いには、「カノン様は奥様に会いたくないそうです」と告げられ、ラムもそれ以上は何も要求できなくなった。
私はその件をフエに説明する。
「会わせてもらえなかったのですか」
「ええ。侍女や使用人が、『旦那様の許可が下りないのに勝手に行くな』と、うるさくて。カノンは私の顔なんて、見たくもないんですって」
「そんなはずは……」
フエはいぶかしげに眉を寄せる。
もしかすると、これも侍女たちの嫌がらせの一環だったのかもしれない。
カノンは伯爵の息子……正式には養子だ。
伯爵のシャールと直接血は繋がっていない。
メルキュール家は、特殊な事情により、跡継ぎは血筋ではなく実力で選ぶという決まりがあった。
敷地内の施設には、魔力が多く、魔法の扱いに長けた子供が集められている。
その中から相応しい人間を選ぶのだ。
今現在、一番優秀で見込みのある子供がカノン。
年齢は十五歳で、シャールとラムの子供にしては大きいが、そこはメルキュール家なのでスルーされる。
魔法の戦闘を伴う危険な役目に就いているので、万が一の事態に備え、跡取りを早めに決めなければならない事情があった。
仮にシャールとラムの間に子供ができても、カノンの実力を越えなければ伯爵家を継ぐことは不可能。
屋敷を出て庭を横切り、少し進むと、目的の大きな建物が見えてきた。
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