第3話 豹変した妻について

 シャール・メルキュールは仕事部屋でこめかみを揉んでいた。


(妻の様子がおかしい)


 違和感に気づいたのは数日前のこと。

 普段は目すら合わせないラムが、シャールに初めて口答えをした。

 面倒なので「屋敷の管理は妻の仕事」と返したが、それをどう解釈したのか、ラムは本当に率先して屋敷を管理し始めた。


 まず、彼女が手を付けたのは侍女と使用人の大量解雇だ。

 それによって、ラム付きの侍女は全員問答無用で家に帰され、使用人も八割がた入れ替えられた。

 残った使用人によると、ラムは彼らに「妙な真似をすると、お前たちも追い出すぞ」と脅しをかけたらしい。いつもの気弱な妻からは考えられない行動だった。

 

(一体、何が起きている?)

 

 手のかからない妻だと油断していたが、今まで猫を被っていたのだろうか。

 しかし、彼女の気弱ぶりは演技とも思えなかった。


 とはいえ、屋敷での生活には何の支障も出ておらず、大勢の前で言質を取られたので文句も言いづらい。

 ラムはその間にも、どんどん屋敷の管理に手を付け始めた。


(誰に屋敷の管理を習ったわけでもないだろうに、どうなっているんだ?)



 この国の魔法使いの筆頭である、メルキュール伯爵家の当主となったシャールには、若い頃から大量の縁談が舞い込んできていた。

 しかし、メルキュール家は特殊な事情を持ち、一員になるためには魔力が必要という条件がある。そうなると該当者が極端に減る。

 それで、前妻にはとある貴族令嬢を迎えたのだが、これがまた酷い女だった。

 

 シャールが忙しいのをいいことに散財し放題。侍従や使用人と浮気までしていた。

 最後は痴情のもつれからか、使用人の一人に刺されて死亡。

 とんだ醜聞なので、表向きには「病死」という理由に変えてあるが、シャールはもう妻はこりごりだと思った。

 

 だが、周囲はシャールを放っておいてくれず、ことあるごとに再婚しろとうるさい。

 なので、今度はとことん手のかからない令嬢がいいと決めた。

 そんなときに声をかけてきたのがラムの両親だった。

 屋敷に引きこもり社交の場に顔を出さないラムは、有名でないものの、魔力を持った希少な令嬢だったのだ。

 

 彼らは資金援助と引き換えに娘を伯爵家に嫁がせると口にした。

 金さえくれるのなら、伯爵家に一切の口出しはしないと。

 目的は金を得て贅沢をすることのみなので、シャールにとっても都合が良かった。

 しかし、今のままでは前妻のときのように、悲惨な結果になる恐れがある。

 このところ、頻繁に使用人が泣きついてくるのだ。


「釘を刺した方がいいだろうか。それとも、様子を見るべきだろうか」


 悩んでいると、ちょうど部屋に入ってきた補佐官のフエが声をかけてきた。

 彼はシャールが一番信頼する部下だ。


「シャール様、どうかなさいましたか? もしかして、先ほど部屋に押しかけていた使用人が何か?」

「……妻の件だ」

「奥様が使用人を入れ替えた件ですね。俺の管轄は屋敷外なので詳しくはないですが、支障がないならいいんじゃないですか?」

「それはそうだが」

「気になるなら、様子を見てきましょう。彼女が嫁して数ヶ月経ちますが、侍女や使用人任せで、一度も直接様子を見ていないでしょう?」

「生活の面倒は見ているだろう。前の妻だって、夫がいなくても楽しそうにやっていた」

「……タイプが全然違うように思いますがね。まあ、確認することは必要でしょう。あなたが忙しくて行けないなら、俺が軽く探ってきますよ」

「頼む」


 フエなら信頼できる。何かあっても、上手く対処してくれるだろう。

 そう思ったシャールは妻に関する一切を部下に投げることにした。

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