二人の商人
「シルバー?」
「……ごめんなさいっ!」
目があった。
そして次の瞬間には、彼女は遠くへ駆け出していた。
「……」
あっと言う間の時間。
ただ立ち尽くす。
一秒後、脳がそれを理解した。
『拒絶』。
俺を見て彼女は逃げたんだ。
「そりゃ、そうだよな」
シルバーと出会った後。行商クエストをクリアして、一方的に俺はRLを辞めた。
シルバー以外、商人なんて居ないに等しかった世界で。
そこで苦しむであろう彼女を助けずに。
ただの自己満足。
その後の一人の商人を、置き去りにした事実は変えられない。
「……っ」
これはゲームだ。
それでも――あの時俺は。
例え所持金がほぼゼロになったとしても、彼女に寄り添うべきだった。
PKKを繰り返せば商人が戻ってくる――そう思う前に、目の前の一人の商人を助けるべきだったのに。
「……」
深い所に隠していたその後悔が。
今――猛烈に己に押し寄せてくる。
《――「とある人から、とある事を聞かれたんだ。その時、思っていた言葉を言わずに逃げた」――》
《――「一度逃げてしまったら、次はもっと大きな勇気がいる。その『次』が来ない事すらある」――》
十六夜に言った事。
でも。昔の自分と同じ間違いはしない。
「逃げるなよ……俺」
過去は変えられない……それでも。
現実、ゲーム。その両方、今の自分が居るのはシルバーと出会ってからだ。
駄目だったらその時。
この一回の申請が届かなければ――それで終わりだ。
恐がらせてしまったら意味が無いからな。
《シルバー様にフレンド申請を行いました》
アナウンスが鳴る。
立ち尽くすのもアレなので、そこ辺りに座った。
『ピギィ』
「さっきは悪かったな」
寄ってくるスライム。
よく見たらキモいなコイツ。
ヌルヌルと動くのは、まるでアメーバみたいだ。
「……」
『ピギ……』
連絡は来なかった。
諦めよう。そして彼女の事はきっぱり忘れる。
そう思わせる沈黙が数十秒続き。
「ま、そうだよな」
そう呟いて立ち上がった時。
《シルバー様がフレンド申請を受諾しました》
「――!」
鳴るアナウンス。
そして同時に――
『なんっ、何でしょうか……っ』
震えた彼女のメッセージ。
どうしてか、俺は冷静だった。
『……久しぶりに話でもしないか?』
『えっ……えっと、その』
『嫌なら――』
『嫌じゃないです!!』
『そうか』
胸をなで下ろす。
良かった。
お礼を言えないまま別れる事は無かったようだ。
☆
始まりの街。
戦闘フィールドで、俺達は再開する。
あのメッセージの後、彼女は走って戻ってきたからな。
「はぁっ、はあ……」
「そんな走ってこなくても。 ……久しぶりだな。シルバー」
「あっ、あ、その」
初対面の時の元気いっぱい――そんな彼女とは違う。
緊張しているのか、目も合わせずたじたじ。
「行こうか」
「は、はいっ」
こういう時はどうすれば良いんだろう。
気の抜けるジョークなんて持ち合わせていない。
『ピギ』
後ろ、付いてきていたスライム。
……コイツで良いか。
「アレから、スライムはもう余裕?」
「!」
「懐かしいよな」
「……はい」
「好きなモンスターとか居るか?」
「え、えっと! グリーンウルフが可愛いです!」
「そうか。フカフカだよなあれ、タックルされてもご褒美だよ」
彼女はちょっとだけ声が大きくなる。
緊張が溶けてきたのだろうか。
「スライム……余裕じゃないです」
「え」
「……」
「そうなのか?」
「はい! 未だに攻撃が当たりません……」
《――「『スラッシュ』! やったー!」――》
レンにドクの『先生』となってから気付いた、俺は教えるのが好きだ。
多分これも、彼女に教えた時からだろうか。
「シルバー」
「はい!」
「RLは楽しくやってるか?」
「……」
「?」
「……楽しく、ありません」
「そうか」
歩きながら彼女は言う。
それを聞いても――何故か、あまり動揺しなかった。何でだろうな。
もしかしたら、俺はそれを予感していたのかもしれない。
そしてそれを聞いた、次に自分が吐く言葉も。
「じゃあさ。シルバー」
「……」
「俺と一緒に、RLを遊ばないか?」
「……!!」
足を止めてそう言った。
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