お見舞い②


「……っ!?」



心地良い眠りから目が覚める。

窓から指しているはずの光は無く、真っ暗で。


あれ、私何してた!?

見ている光景は――自分の家じゃない。


そうだ、ここは花月君の家。

ソファーに突っ伏して寝ていたらしい。

そして彼が……居ない。


「目が覚めたんですね」

「あ」


居た。

キッチンに。


「……えっ、花月君体調は!?」

「熱も引きました。もう大丈夫です」

「ええ?」

「チーフのおかげですね」


もう彼には、訪問した時の様な弱々しさは無かった。

まるで別人だ。


「良かった。治ったのね……ってはや!」

「はい……もう帰りますか?」

「!」


違った。

もう少し、あの時の弱さが残っている。


強がっているけれど。

まるでまだ帰って欲しくない――そんな思いを感じる声。


「もう夜だし。花月君ご飯作るの上手だったっけ? 食べてみたいなぁ」

「! 作りますよ」



……その笑顔は卑怯だ。






「なにこれ」



目の前には――餃子に炒飯、青椒肉絲に卵スープが並んでいる。

レストラン顔負けに出来上がったそれ。


「チーフ好きでしたよね。ニンニクとかは抜いてるので大丈夫です」

「そんな簡単に作れるものじゃ……」


「実は、チーフが寝ている間に買い物と下処理を」

「ええ……。帰ってたらどうしてたの?」

「一人で食べます」

「そりゃそうか――って違う! 凄く負けた気分!」



花月君、絶対料理私より上手い!

並べられたそれに手を付ける。


「……いただきます。うん美味しい、店出せる」

「ありがとうございます。ノンアルのビールありますけど」


「飲みまーす!」

「ははは」


笑って彼は冷蔵庫に向かった。

不思議な感覚。

まるで同棲してるみたい。


……なんて。


「花月君の部屋、綺麗よね」

「……あー。まあ片づけてますね」


この何もない部屋は、ミニマリストと言っても良い。

不思議だった。

あの、左腕の事も。


「綺麗すぎるぐらい」

「変、ですかね」

「ええ。その左腕と関係が?」

「! それは……」


もっと知りたい。

そう思ったのだ。


「話したら、楽になれると思うわよ。一人で抱え込むよりは」

「……ありがとうございます」


そう言って座る彼の顔は、やはり弱々しさが残っていた。

少しの葛藤と戦った後に彼は口を開いていく。



「……俺の家は、有名な武道家なんです。花月流居合道っていう流派があって、結構その筋では力があって……もう絶縁しましたけど」


「そんな『花月家』、次男として生まれて。その家の考えとして、『右利き』が絶対だったんです」


「左利きだった俺は、親に反抗して矯正せずにいました」



つらつらと話す花月君。

武道家同士、受け継いだ技術を仮想空間でぶつけ合うシーンは私もテレビで見たことがある。RLとは違い、何も補正もないはずなのにその動きは凄まじく、そしてその技には目を奪われた。


彼の家は、そんな世界の人間だったんだ。

刀を用いる武道家は特に家の癖が強いというけれど、右利きが絶対っていうのは侍らしいわ。時代錯誤もいいところだけど。


「……それで。子供の頃に無理やり矯正されて。それが少し、トラウマになってしまって」

「うん」

「昨日、床に倒れてそのまま寝ちゃって……チーフが言っていた様に、腕を圧迫してたんだと思います。それで多分起きた時に左腕の感覚が無くて」

「まあよくあるわね」

「はい。本当にそれだけなんですけど、熱のせいかあの時とリンクしちゃって、動かそうとして動かなかったらどうしようと思って」

「……それでずっとあの体勢のままと」

「はい、通知にも気付けずすいません。ご迷惑をおかけしました」



頭を下げる彼。

少し顔色が良くなったかしら。



「この部屋も、両親のせい?」

「……片付けないと教科書だろうが翌日には捨てられたので。もう習慣になっちゃって」


「酷い親ね。絶縁して正解だわ」

「……はい」


「錦君」

「?」


箸を置く。

私と彼は結局他人だ。


同じゲームのフレンド。

同じ会社の、部下と上というだけの。


――でも。

それでも、私は腹が立った。

あの錦君をここまで弱らせたその『花月家』とやらに。



「錦君は、魅力的な人間よ」

「えっ」


「ご飯も作れるし、仕事も出来るし。優しいし、カッコいいし、頼りがいあるし」

「あ、あの」


「私が知ってるのはそんな錦君だけ。『』なんて私は知らないし、口を出す資格なんてないかもしれない……だとしても!」




彼の驚く目を見つめる。




「――その左腕に、誇りを持って!」



「!」

「それは錦君が愚かな両親に打ち勝った証拠。そうでしょ?」

「……チーフ」



錦君は俯いていた。

また、その涙を隠す為に。



「ありがとう、ございます」


「……上司として当然。気にしないで」



RL。

『ハル』は、ずっと『ニシキ』君に助けられてばっかりだったから。


現実。

今日の『遥』は、『錦』君を少しでも助けられただろうか。



「ご飯食べよっか?」

「……はい」


「明日も会社休んで良いからね。有給で」

「えっでも」

「いや当たり前でしょ! 病院行った?」

「……ぁ」

「ほら〜! あっこの餃子美味しい」



既に夜の午後八時。場所は現在部下の家。

今日だけは――配信を休むことにした。

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