お見舞い②
「……っ!?」
心地良い眠りから目が覚める。
窓から指しているはずの光は無く、真っ暗で。
あれ、私何してた!?
見ている光景は――自分の家じゃない。
そうだ、ここは花月君の家。
ソファーに突っ伏して寝ていたらしい。
そして彼が……居ない。
「目が覚めたんですね」
「あ」
居た。
キッチンに。
「……えっ、花月君体調は!?」
「熱も引きました。もう大丈夫です」
「ええ?」
「チーフのおかげですね」
もう彼には、訪問した時の様な弱々しさは無かった。
まるで別人だ。
「良かった。治ったのね……ってはや!」
「はい……もう帰りますか?」
「!」
違った。
もう少し、あの時の弱さが残っている。
強がっているけれど。
まるでまだ帰って欲しくない――そんな思いを感じる声。
「もう夜だし。花月君ご飯作るの上手だったっけ? 食べてみたいなぁ」
「! 作りますよ」
……その笑顔は卑怯だ。
☆
「なにこれ」
目の前には――餃子に炒飯、青椒肉絲に卵スープが並んでいる。
レストラン顔負けに出来上がったそれ。
「チーフ好きでしたよね。ニンニクとかは抜いてるので大丈夫です」
「そんな簡単に作れるものじゃ……」
「実は、チーフが寝ている間に買い物と下処理を」
「ええ……。帰ってたらどうしてたの?」
「一人で食べます」
「そりゃそうか――って違う! 凄く負けた気分!」
花月君、絶対料理私より上手い!
並べられたそれに手を付ける。
「……いただきます。うん美味しい、店出せる」
「ありがとうございます。ノンアルのビールありますけど」
「飲みまーす!」
「ははは」
笑って彼は冷蔵庫に向かった。
不思議な感覚。
まるで同棲してるみたい。
……なんて。
「花月君の部屋、綺麗よね」
「……あー。まあ片づけてますね」
この何もない部屋は、ミニマリストと言っても良い。
不思議だった。
あの、左腕の事も。
「綺麗すぎるぐらい」
「変、ですかね」
「ええ。その左腕と関係が?」
「! それは……」
もっと知りたい。
そう思ったのだ。
「話したら、楽になれると思うわよ。一人で抱え込むよりは」
「……ありがとうございます」
そう言って座る彼の顔は、やはり弱々しさが残っていた。
少しの葛藤と戦った後に彼は口を開いていく。
「……俺の家は、有名な武道家なんです。花月流居合道っていう流派があって、結構その筋では力があって……もう絶縁しましたけど」
「そんな『花月家』、次男として生まれて。その家の考えとして、『右利き』が絶対だったんです」
「左利きだった俺は、親に反抗して矯正せずにいました」
つらつらと話す花月君。
武道家同士、受け継いだ技術を仮想空間でぶつけ合うシーンは私もテレビで見たことがある。RLとは違い、何も補正もないはずなのにその動きは凄まじく、そしてその技には目を奪われた。
彼の家は、そんな世界の人間だったんだ。
刀を用いる武道家は特に家の癖が強いというけれど、右利きが絶対っていうのは侍らしいわ。時代錯誤もいいところだけど。
「……それで。子供の頃に無理やり矯正されて。それが少し、トラウマになってしまって」
「うん」
「昨日、床に倒れてそのまま寝ちゃって……チーフが言っていた様に、腕を圧迫してたんだと思います。それで多分起きた時に左腕の感覚が無くて」
「まあよくあるわね」
「はい。本当にそれだけなんですけど、熱のせいかあの時とリンクしちゃって、動かそうとして動かなかったらどうしようと思って」
「……それでずっとあの体勢のままと」
「はい、通知にも気付けずすいません。ご迷惑をおかけしました」
頭を下げる彼。
少し顔色が良くなったかしら。
「この部屋も、両親のせい?」
「……片付けないと教科書だろうが翌日には捨てられたので。もう習慣になっちゃって」
「酷い親ね。絶縁して正解だわ」
「……はい」
「錦君」
「?」
箸を置く。
私と彼は結局他人だ。
同じゲームのフレンド。
同じ会社の、部下と上というだけの。
――でも。
それでも、私は腹が立った。
あの錦君をここまで弱らせたその『花月家』とやらに。
「錦君は、魅力的な人間よ」
「えっ」
「ご飯も作れるし、仕事も出来るし。優しいし、カッコいいし、頼りがいあるし」
「あ、あの」
「私が知ってるのはそんな錦君だけ。『
彼の驚く目を見つめる。
「――その左腕に、誇りを持って!」
「!」
「それは錦君が愚かな両親に打ち勝った証拠。そうでしょ?」
「……チーフ」
錦君は俯いていた。
また、その涙を隠す為に。
「ありがとう、ございます」
「……上司として当然。気にしないで」
RL。
『ハル』は、ずっと『ニシキ』君に助けられてばっかりだったから。
現実。
今日の『遥』は、『錦』君を少しでも助けられただろうか。
「ご飯食べよっか?」
「……はい」
「明日も会社休んで良いからね。有給で」
「えっでも」
「いや当たり前でしょ! 病院行った?」
「……ぁ」
「ほら〜! あっこの餃子美味しい」
既に夜の午後八時。場所は現在部下の家。
今日だけは――配信を休むことにした。
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