お見舞い①


「すいません、突発ですが半休頂いても良いでしょうか」

「どうかしたのかな? 急用でも?」


「……花月君が心配で」


「そうか。係長には言っておくよ」

「よろしくお願いします」



「は、半休なんて久しぶりに取ったわね」


勢いで課長に言って、お昼過ぎには会社を後にして――不思議な感覚。

悪い事してるみたい。


「……なーんて。言ってる場合じゃないか」


人通りの少ない帰り道。

私は手元の携帯に記した、彼の住所に向けて歩いていく。


会社からは五駅程離れたその場所。

よくあるマンションに辿り着く。

私の所と違って、あまりセキュリティーが厳しい感じじゃないわね。

普通に部屋の前まで行けるんだ。



「花月君の家……」



深呼吸して。

その階段を昇って彼の居る二階へ。



《花月》


そして着いた玄関。表札を確認。

チャイムを鳴らす。

うるさい鼓動は――今は無視!


ピンポーン、と昔ながらの音が鳴った。



『……』

「……あら」



反応なし。

しばらく待っても、続く無音。

私はそのまま立ち尽くして。


『花月君、開けてくれるかな?』


メッセージを送信。

……いやいやコレ、何か変な感じじゃない!


『……』

「寝てるのかしら」


既読も付かない。

もしかしたら――なんて思って、そのドアを開けてみると。


「……開いてるじゃない」


ガチャリ。その音と共に開くそれ。

不用心過ぎる。

もしかしたら、昨日の時点で体調が悪くて鍵もかけ忘れたのかも。


『入るわよ?』


メッセージを飛ばして、10分待つ。お願いだから返事して~!



「……入ります」


駄目だった。

あられもない姿で居たらどうしよう。


いや考えない!

もしかしたら本当に大変な状況かもしれないんだから。



「お邪魔します!」



意を決して扉を開ける――



「……花月君?」


無機質な玄関。

綺麗に掃除されていて、靴一つ野放しにされていない。


そして、花月君も居なかった。


「お邪魔するわよ……」


そう発して靴を脱ぎ、コンビニで買った簡易スリッパを履く。

そして――そのままそこに見えるリビングへ。



「! ニシキ君!?」

「……ぁ」



その部屋は、『何もなかった』。


机、椅子、ソファー。食器棚にクローゼットなど勿論家具はある。

でも――それだけ。


生活感がないのだ。

本も置物も、食べ物もペットボトルも。

まるで、人が住んでいないかの様に。



「どうしたの!?」

「……すいません」



そして、その部屋の隅に彼は居た。

見慣れない白のシャツに長ズボン。

何かに怯える様に――顔を白くして、目頭を赤くして。

『左腕』を、必死に守る様に右手で押さえていた。


見たこともない姿だった。

こんなに弱々しい花月君は、ゲームでも現実でも想像出来なくて。


「何かあったの? 変な人に入れられた!?」

「……」

「大丈夫だから。言って?」

「っ、左腕が。動かなくて」

「え」


彼は、耳元で聞かなければ分からない程小さい声でそう言う。


「……何ともない、わよ?」

「でも……」

「触っていいかしら」

「っ!」

「ご、ごめんね、嫌だったよね」


手を伸ばせば。顔を俯けて、明らかに分かる拒絶をする彼。

何かがあったのは確実だ。

でも、その左腕には何の傷も無い。


「……チーフになら。大丈夫です」

「!」

 

震える声。

俯いたまま、彼は私の手を受け入れる。


左腕を両手で持つ……ほんのりと暖かい。


「右手。離してくれる?」

「……はい」

「動かしてみて?」

「……!」


出来るだけ優しくそう言うと、彼は左腕を動かした。

あっさりと。


「動いたわね」

「……はい」

「もしかして床で寝た? 腕枕したんじゃない?」


実際自分も良くしちゃうし!

まさかそんなのでココまで……? 


……分からない、何だったんだろう。

何が彼をそこまで。



「っ、良かった……」

「ちょっと!? ニシキ君――」



なんて疑問の考えが彼の瞳から流れる涙で消し飛んだ。

俯く花月君の表情は、まるで雪の様に綺麗で、突けば壊れてしまいそうで。


理性も消えた。


私は――そんな彼の身体を――



「……」

「あ……」



密着して、抱き寄せようとする前に。

彼の方から――私の方に寄せて来た。



「……」

「ね、寝ちゃった?」



聞こえる静かな寝息。


汗で濡れた身体。甘い香り。

目下すぐ。初めて見る彼の旋毛つむじ

そして、胸に掛かる熱を帯びた息が……私をどうかしてしまいそうで。



「も、もう~!」



ソファーまで急いで彼を運ぶ。


人生で初めて、私は『お姫様抱っこ』をした。

彼の身体は――驚く程に軽かった。負けた気がした。

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