お見舞い①
「すいません、突発ですが半休頂いても良いでしょうか」
「どうかしたのかな? 急用でも?」
「……花月君が心配で」
「そうか。係長には言っておくよ」
「よろしくお願いします」
☆
「は、半休なんて久しぶりに取ったわね」
勢いで課長に言って、お昼過ぎには会社を後にして――不思議な感覚。
悪い事してるみたい。
「……なーんて。言ってる場合じゃないか」
人通りの少ない帰り道。
私は手元の携帯に記した、彼の住所に向けて歩いていく。
会社からは五駅程離れたその場所。
よくあるマンションに辿り着く。
私の所と違って、あまりセキュリティーが厳しい感じじゃないわね。
普通に部屋の前まで行けるんだ。
「花月君の家……」
深呼吸して。
その階段を昇って彼の居る二階へ。
《花月》
そして着いた玄関。表札を確認。
チャイムを鳴らす。
うるさい鼓動は――今は無視!
ピンポーン、と昔ながらの音が鳴った。
『……』
「……あら」
反応なし。
しばらく待っても、続く無音。
私はそのまま立ち尽くして。
『花月君、開けてくれるかな?』
メッセージを送信。
……いやいやコレ、何か変な感じじゃない!
『……』
「寝てるのかしら」
既読も付かない。
もしかしたら――なんて思って、そのドアを開けてみると。
「……開いてるじゃない」
ガチャリ。その音と共に開くそれ。
不用心過ぎる。
もしかしたら、昨日の時点で体調が悪くて鍵もかけ忘れたのかも。
『入るわよ?』
メッセージを飛ばして、10分待つ。お願いだから返事して~!
☆
「……入ります」
駄目だった。
あられもない姿で居たらどうしよう。
いや考えない!
もしかしたら本当に大変な状況かもしれないんだから。
「お邪魔します!」
意を決して扉を開ける――
「……花月君?」
無機質な玄関。
綺麗に掃除されていて、靴一つ野放しにされていない。
そして、花月君も居なかった。
「お邪魔するわよ……」
そう発して靴を脱ぎ、コンビニで買った簡易スリッパを履く。
そして――そのままそこに見えるリビングへ。
「! ニシキ君!?」
「……ぁ」
その部屋は、『何もなかった』。
机、椅子、ソファー。食器棚にクローゼットなど勿論家具はある。
でも――それだけ。
生活感がないのだ。
本も置物も、食べ物もペットボトルも。
まるで、人が住んでいないかの様に。
「どうしたの!?」
「……すいません」
そして、その部屋の隅に彼は居た。
見慣れない白のシャツに長ズボン。
何かに怯える様に――顔を白くして、目頭を赤くして。
『左腕』を、必死に守る様に右手で押さえていた。
見たこともない姿だった。
こんなに弱々しい花月君は、ゲームでも現実でも想像出来なくて。
「何かあったの? 変な人に入れられた!?」
「……」
「大丈夫だから。言って?」
「っ、左腕が。動かなくて」
「え」
彼は、耳元で聞かなければ分からない程小さい声でそう言う。
「……何ともない、わよ?」
「でも……」
「触っていいかしら」
「っ!」
「ご、ごめんね、嫌だったよね」
手を伸ばせば。顔を俯けて、明らかに分かる拒絶をする彼。
何かがあったのは確実だ。
でも、その左腕には何の傷も無い。
「……チーフになら。大丈夫です」
「!」
震える声。
俯いたまま、彼は私の手を受け入れる。
左腕を両手で持つ……ほんのりと暖かい。
「右手。離してくれる?」
「……はい」
「動かしてみて?」
「……!」
出来るだけ優しくそう言うと、彼は左腕を動かした。
あっさりと。
「動いたわね」
「……はい」
「もしかして床で寝た? 腕枕したんじゃない?」
実際自分も良くしちゃうし!
まさかそんなのでココまで……?
……分からない、何だったんだろう。
何が彼をそこまで。
「っ、良かった……」
「ちょっと!? ニシキ君――」
なんて疑問の考えが彼の瞳から流れる涙で消し飛んだ。
俯く花月君の表情は、まるで雪の様に綺麗で、突けば壊れてしまいそうで。
理性も消えた。
私は――そんな彼の身体を――
「……」
「あ……」
密着して、抱き寄せようとする前に。
彼の方から――私の方に寄せて来た。
「……」
「ね、寝ちゃった?」
聞こえる静かな寝息。
汗で濡れた身体。甘い香り。
目下すぐ。初めて見る彼の
そして、胸に掛かる熱を帯びた息が……私をどうかしてしまいそうで。
「も、もう~!」
ソファーまで急いで彼を運ぶ。
人生で初めて、私は『お姫様抱っこ』をした。
彼の身体は――驚く程に軽かった。負けた気がした。
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