弱点


「左腕を無くしたらどうなるのかな?」


その言葉。

自分でも、どうしてこんなに動揺しているのか分からなかった。


「――っ、やめ……」

「フハハハハ! 随分と弱気じゃないか――『パワーブレイク』」


「っ、ぐっ――」


言葉通り、彼は大剣で俺の左腕を狙ってきた。

避けられる一撃のはずなのに――反応は遅れ、そのまま食らう。



「……フフ、これじゃあ君のために殺した『DEX』と『STR』が浮かばれないじゃないか」


「っ!」

「――ッと。あぶないあぶない……姑息な手を使うもんだ」



隠し持っていた麻痺毒を投げて距離を取った。

……このままじゃ、俺は負ける。


弱気になるな。

HPは半分ある……例え蘇生を使ってでも、『一発』をぶち込むんだ。

やれる事はまだまだ残っている。このまま負けてたまるか――



《状態異常:毒になりました》



「ハハ、毒を利用したか」



攻勢の毒薬を服用。

そのままレッドの元へ走り出す。


更に距離にして3メートル、右手の『瓶』を解放した。


「!」


接近、デッドゾーンの砂を巻き上げる。

少しでも次の攻撃を避けられない様に。


刺し違えてでも――この一撃は当ててやる。



「――!?」



なのに。


接近、距離にして眼前。

彼は――武器を構えることなく立っていた。

気味の悪い感覚。だが既に斧は振るってしまっていて。




「『黄金の一撃』――!?」


「――フフ、文句はあのPKKに言うんだな」



《300000Gを消費しました》


「君一人だったらその一撃は防げなかったよ。彼女の魂が私を守った……いやぁ危ない危ない」



手応えの無い一撃。当然の様に減らないHP。

彼はそのまま口を動かす。



「フフフ、後悔はもう遅いがね――『魂縛ソウルハグ』」


「ぐっ――!!」



《状態異常:麻痺になりました》



――動かない身体。

――大剣を構えるレッド。


このままでは、抵抗なく次の一撃を食らってしまう。



「それじゃ――次こそ貰おうかな、『左腕』」


「っ……」


「ハハハ! そう怖がらなくて良いじゃないか――何だ? それに深い思い入れでも?」



――駄目だ。

意識するな。



「この一撃では終わらない。ゆっくりと君を見せてくれ……フハハハハハ!」



やめてくれ。

そのイメージを、浮かべれば浮かべる程――



《――「……あ、あれ……?」――》


《――「おれの腕、なんで動かないの……?」――》


《――「どうして? どうして? どうして? どうしてどうしてどうしてどうして――」――》



――うるさい大雨が降る朝。

――起床後、気付けば思い通りに動かない左腕。

――左腕の打撲痕。切創痕。大量の傷。思い出される地獄の日々を。


その時、俺は――



「『魂開放ソウルパージ』。フフ、さあ行くよニシキ」


      

目の前。

レッドには、禍々しい灰色のオーラが纏われていて。

距離を取らなければ不味いなんてことは分かっているはずなのに。



《状態異常:麻痺が解除されました》



俺の身体は、ちっとも動いてくれなかった。



「ああ――コレは『本物』だ、今日君と出会えて良かったよ……まさか君の弱点が、強点でもある『左腕』だったなんてね!」


「やめ、ろ……」


「フフッ、フハハハハハ!! こんな楽しいコト、止める訳ないだろうが!」


「っ――」


「――『フルウィンド』!!」



灰色のエフェクト。迫りくる大きな刃。恐怖から思わず目を瞑る。

駄目だ。

俺は、『また』、左腕を失って――






―――――――


――――


――





「――――『抜刀』」




……分からなかった。

どうして――俺が一撃を食らっていないのか。

どうして――レッドが仰け反っているのか。



どうして――この暗闇の中で、彼の声が聞こえているのか。



「――大丈夫だよ『錦』。君の左腕は動いてる。それにこれはゲームだ」


「……ッ、どうして君がココに――!」




優しい声。

美しい刀。

己の憧れ。


そこに居たのは、言うまでもなく――俺の『最強』だったのだ。





……その姿には、レッドも俺も気付けなかった。

一体何時から居たのか分からない。

だが、そんな事はどうでも良かった。



「兄、さん」

「……錦は下がって」


「フフ、少しお喋りの時間が過ぎたみたいだ。まさか君が現れるとはね」

「……うん? 君は僕が『さっき』、この場所に辿り着いたと思ってるのかい?」


「何だと?」

「ははは、てっきり気付いた上で無視していたのだと思っていたよ」

「……ッ」


「どのタイミングで出れば良いか正直困ったものだよ、あまりにも君が調子良く振舞っていたものでね」

「黙ってくれないか?」


「配信画面には滑稽に映っているだろうね。ははは! なんせよく見たら僕が背後にずっと居たんだから」

「――『パワーブレイク』!」


「『弾き』」

「ぐッ――」


「『絶剣』」

「――ッ、が――」



レッドが大剣を振るったと思ったら、兄さんは刀でそれを無効化、彼の体勢を崩してからのカウンター。


目の前。

そこでは、兄さんがレッドを圧倒していた。



「フッ、フフ――やはり、『AGI』を無理にでもココに居させるべきだったか――」

「――それでも君は勝てないよ、その『臆病』を治さない限りはね」

「ッ……黙れと言っている。状況が悪かっただけだ!」



落ち着いた口調はどこへやら、レッドは狼狽している。

対して兄さんは鞘に刀を戻し淡々と彼へと喋っていた。



「ははは、そうかいそうかい――『抜刀』」


「――ッ!? ――はッ、はあッ――」


神速の抜刀を、彼は避けようとするが不可能。

だがその衝撃のまま、後ろへと走り距離を取る。



「くッ――また会おうニシキ。 次こそ『完璧な設定』で……『魂転移ソウルテレポート』!!」


「ああ……全く、逃げたか。倒すつもりもなかったから良いけど」


そのまま、レッドはそのスキルを唱え――姿を消した。

名前からしてどこか遠くへ行ったのだろう。彼の雰囲気を全く感じない。


「……大丈夫かい、錦」


やがて。

背中越しに彼は、そう声を掛けたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る