閑話:氷宝玉と白宝玉②



「……ああ゛ー!!!何なのよあのデブ乱入緊急クエスト!楽しいはずだった飲み会台無し!!!」


「でしたね」


「部長と有意義な話してる時に割って入った挙句『アレ』よ?あり得ない!消えろー!あ、このお茶漬け凄く美味しいわね」


「ははは、出汁に拘ってる店ですから」


「メモしとこ……あ、ニシキ君は楽しかったの~?」


「ええ。チーフには悪いですが同期と久しぶりに話せました」


「同期かぁ……半分は本社に引き抜かれたか辞めたかで疎遠になっちゃったわねえ――」



夜九時を過ぎた頃だろうか。やがて街頭が少し減ったその道を歩いて。

こじんまりとした店に、俺達は入っていた。

辛めの熱燗とお茶漬けが旨く……二次会としては定番だったようで、料理の雰囲気とは裏腹に店内は結構騒がしい。


……入る時、一応係長が居ないか確認していたから大丈夫だ。



「というか、チーフって部長と仲いいんですね」


「うん……最近はよくあの人の補助してるから」


「流石です」


「……えっへん!!ん-後輩に褒められるのは気持ちいいわね、もっと褒めて!」



はは、いつもなら謙遜するのに。

前誘われた時に比べたら、二倍マシぐらいで酔ってるなコレ。


色々ストレスが溜まってるんだろうな――苦労人だ。

さてと、店を出る前に渡しておかないと。



「……で、この前チーフが紹介してくれた『ハル』なんですけど」


「……!? う、うん!」


「凄く良い人で、教えるのも上手かったですよ。助かってます」


「へ、へえ~?それは良かったわ!」


「で、あー、その……ささやかですけど、お礼を渡したいなって。良いですか?」


「えっ用意してくれたの!?それじゃあの子も喜ぶな~、あ、あはは」



少し控えめに笑うチーフ。

ちょっと重かったか?まあ良いか――とりあえず渡してしまおう。



「……コレです。ハル、気に入りそうですか?」


「――!こ、これ……」

「はは。チーフは知らないかもしれませんが……RLの中で、こんな宝石があるんですよ」



俺が見せたのは、小さな箱。


その中の『ヴィクトリアストーン』に『似た』、直径5ミリほどの天然石だ。


リングとかは付いていない。

ソレになると値段も跳ね上がるし、ハルと俺の関係でそれは『重い』。これはゲームじゃなくて現実なんだ。


だから――こういう『ルース』にした。

それは何の加工もされていない『石』単体。

値段にすれば一万も行かないソレは――贈り物にしては良いんじゃないかと思った。



「ゲーム内のモノには比べ物になりませんが。似ていると思ったんです」


「……」


「ち、チーフ?」


「……!あ、ご、ごめんなさい!ついちょっと、見惚れちゃって……」


「はは、綺麗ですよね。角度によって白い光が現れるのもゲーム内のモノとそっくりなんです」


「……うん、凄く綺麗……」


「そのままでも良いですし、気に入ったら加工してアクセサリーでもしてもらえたら」


「うん、きっと――ハルも喜ぶ、と思う――」



そう言ってくれるチーフ。


さっきからちょっと、よそよそしいというか。

何か突っかかりがあるような――そんな風にも見える。



「……」



思い詰めるような顔の彼女。

……そこまで、俺を気にしなくても良いんだけど。値段も安いしな。



「……あの、チーフ」


「!な、なに?」


「チーフには感謝してるんです。色々良くしてもらって、ハルも紹介してもらって」


「……えぇ?そんな、私なんて……」


「同部署じゃ係長のせいで酷い扱いでしたが、チーフのお陰で余裕も出来ました。RLでもおかげで弟子達にうまく教えられています」


「……それは、貴方の頑張りの成果よ」



その声は――本当に謙虚で、チーフの人の良さを伺えるものだった。


……だからこそ。

俺は彼女を尊敬しているんだ。

職場の先輩として心から。もし後輩が出来たら、彼女を手本にしようかなと思える程に。



「……あの、ハルと少し被ってしまいますが――」



酒が入っていて良かった。

じゃないと――照れてしまって、上手く渡せなかっただろうから。



「――ハルの紹介とか、色々のお礼です。気に行ってもらえれば」



「――!!あ、こ、これ……」

「はは、俺は個人的にはこっちのが好きなんですよ」



もう一つの箱。

開ければ今度は、『ラロシアストーン』に似たルース。


勿論ゲーム内程の美しさではない。

でも、少なくとも色だけはそれに酷似していて――ぶっちゃけ一目惚れだった。



「……」


「RLには、さっきのもそうですが綺麗なモノも一杯あるんです。チーフにもそれを共有できたらなって」


「……こんな、受け取れない……」


「はは、お願いしますよ。値段もチーフに奢ってもらったお代より格段に下ですから」


「……それでも――」


「ならどうして、ずっとコレから目を離さないんですか?」


「!」



手元の輝く氷宝玉……勿論モドキだが、それを見る目は明らかに『欲しい』と思ってる目だ。

何となく分かる。

はは、『ハル』にそれを渡した時も同じ様な反応だったからな。



「……本当に、俺はチーフを尊敬してるんです。受け取ってもらえないと泣いてしまうかもしれませんよ」


「――ふっ、あはは、ニシキ君が泣くなんて、そんな事想像できないわよ……あの、あのね。『ハル』も……」


「はい。ハルにもよろしく言っといてくださいね」


「……あの、ごめんなさい、本当に。あのっ!私、ほんとは――」


「――はは、さっきから『後輩』が欲しい言葉はそれじゃないですよ」


「!」



たどたどしいその謝罪の言葉を遮った。

贈り物をして、頭を下げて欲しくない。困った顔は見たくない。


さっきから俺が欲しいのは――



「――そうね。『ありがとう』、ニシキ君。本当に嬉しいわ」


「はい、チーフが喜んでくれて幸いです」



ようやくもらったその言葉に、俺は笑って答えた。

言わせた感もあるんだが――何よりもチーフには喜んで欲しかったんだ。


兄さんと同じ様に……彼女は俺が、尊敬する人達の一人なんだから。



「ちなみに何かに加工するんですか?」


「……ゆ、指輪かな」


「はは、良いですね。ゲーム内でも指輪になるんですよこれ――」



入店時、騒がしかった店内はやがて収まり静かになっていて。


その中で――俺とチーフはその『二次会』を、ゆっくりと過ごしたのだった。







「ははっというか、今日ずっと俺のこと下の名前で呼びますね」


「え゛え゛っ!?アレ?ああそうだ!同じ苗字の人が居て紛らわしいのよね~!!」


「……居ましたっけ、そんな人」


「そうそう!!今日は本当に一杯の部署が居たからね!」


「そういえば下の名前繋がりなんですけど『ハル』と『遥』さんって名前一時違いなんですね!仲も良いんですか?」


「……う゛っ――う゛ん!」


「だ、大丈夫ですか!? 喉詰まって――ってそれ日本酒!」

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