閑話:氷宝玉と白宝玉①
「「「「「――カンパーイ!」」」」」
「か、乾杯……」
所狭しと人が座り。
並べられたビールを手に取り、大合唱で始まるそれ。
言うまでも無く――会社の飲み会だ。
俺の会社は親会社である大企業……『千石工業』の子会社であり。
当然親会社が調子良ければこちらも調子が良くなるわけで。
久しぶりに臨時ボーナス、しかもボーナス量が1.5倍となった為――ここで一発お祝いでもしようかという話になった訳だ。
……まあこの話は全部チーフから聞いたんだけど。
「千葉君は社内の評価も高いよ、数年後には昇進間違いなしだ」
「千葉はワシが育てたからな!なあ!」
「あはは~そうですね……」
恐らく偉いであろう人と、パワハラ係長と千葉チーフが集まっているのを目にする。
……偉い人とチーフが談笑している所に、避けられていた係長が無理やり割って入った感じだな。
係長は酒が入ると質が悪くなる。この前はその件で上からこっぴどく怒られたせいか控えめだ。
その件というのは――
「あんたもしかして『一本背負い』の人?」
「……そ、そうですね……」
「いやぁデカい声じゃ言えないけど気持ち良かったわぁアレ!また頼むね!じゃ」
「……」
宛てもなく適当に冷めたつまみを食べていたところ。
気にしていた事を知らない人に容赦なく告げられどこか行かれた。
……俺が、係長から睨まれている理由が分かるだろう。
何たって社内の飲み会で存分に飲めないんだからな、知った事じゃないが。
「――おっ久しぶりじゃーん!別人かと思ったぜ」
「お前変わったな……」
今日はほぼ店貸し切り。
座敷席からカウンター席に逃げて、適当に弱めの酒でも飲んでいると声が掛かった。
……そいつは、遠い別部署の俺の同期だ。
二年近く見ていなかったが――黒髪から茶髪になってるし。
入社時は同期皆黒だったから違和感あるな。
「花月も変わってんじゃん」
「そうか?」
「ああ。前は死んだ社畜の目だったぜ」
そこは魚じゃないのか……なんて突っ込もうかと思ったが辞めた。
実際そうだし。
「お前の部署どう?」
「楽だよ、そっちは大変だって聞くけどな」
「いやぁ時期によるわ~何たって繁忙期はほぼ全員終電だぜ、人入れろよな」
「……声デカいっての」
「はは誰も聞こえねーよ!ボーナス増えて舞い上がっちゃってんの!フー!!」
「ははは、それはお前も同じだろうが」
「……何か花月、マジで変わったな。そんな明るい奴だっけお前」
本当におかしなものを見る様な目で見る同期。
……正直、そんな言われても実感は無いんだよな。
「『趣味ハ貯金デス』とか自己紹介した時覚えてるか?機械が喋ってるみたいだったぞ」
「やめてくれ……」
「あっ趣味といや――オレボーナスでRL買っちゃったんだよね」
「! そうなのか」
「知ってる?道行く女全員めちゃカワでビビったわ!仮想現実サイコー!相手してもらえねーけど!!」
「はは、女性どうこうは知らないが最高なのは分かるな」
「……? ってお前もやってたのかよ!」
まさか同期とRLの話が出るとは思わなかった。
人気ソフトであるとよくわかるな。
「はは、『先輩』として教えてやろうか?」
「おま――レベル幾つだよ!?」
「40ちょっとだ。お前は?」
「……10近いぐらい」
「レベル5ぐらいか」
「何で分かんだよ!?」
「はは、なんとなく……で?今どんなクエストやってるんだ――」
グラスを傾けながら。
久しぶりに、楽しいと思える飲み会は過ぎて行く。
☆
「……ふう」
アレから、同期は上司に呼ばれて席に戻っていった。
可愛がられている様で――今は楽しそうに先輩らしき人物と踊っている。飲み過ぎだろ。
「変わった、か」
残業は減った。
体重も痩せすぎから普通ぐらいまで増えた。
飯も最近は毎日手作り。
貯金以外のまともな趣味も出来た。
思えばアレから、こんな俺でも――『変われた』のかもしれない。
シルバーに出会ったあの日から。
「……兄さん」
ふと、グラスに移った自分を眺める。
ちょっと飲みすぎたかな。
彼に――今の俺を見せたくなった。
同期のアイツが言うように……もし俺がほんの少しでも変われたのなら。RLだけじゃなく、現実でも会いたい。
「何か、あったんだよな……」
ゲームとはいえフルダイブVR。
子供の頃は、ずっと一緒に過ごしてきたから分かるんだよ。
兄さんが……何かを俺に隠しているって事ぐらい。
俺に――『会いたくない』って事ぐらい。
でも、それでもいつかゆっくり話がしたい。
秘密の一つや二つ誰にでもある。俺はそれを暴いたりしない……彼が言わないのならそれでいいんだ。
いつか。
ただ、兄弟として。遠い憧れとして。
舞も一緒に。親の存在なんて忘れて――
「――なあ千葉、お前ちょっと調子に乗ってないかぁ?」
「え、えー?そんな事ないですって」
「本当かぁ?絶対後の二次会来いよぉ、ワシが付き合ってやるからなぁ……」
「あ、あはは……ちょっと私、別の二次会に誘われてまして」
「……あぁ!?そういう所が調子に乗ってぇ――」
……一瞬で酔いが覚めた。最悪の目覚めだ。
あの係長は、飲み過ぎると語尾が気持ち悪くなる。相手していると更にこちらの気分が悪くなる。
それに絡まれているチーフの表情は……完全に業務モードだな。
幸運なのは――もうすぐこの飲み会が終わるって事だが。
「――はーい!以上で大大親会社様を称える会はおわりでーす!」
「各自二次会などお好きにしてってくださーい!」
「あと○×さんと◇●さん!会費まだもらってませんよぉー!遅れたら後日倍にして請求書送りますからね!経理部舐めんな!!」
「それではー!忘れ物に気を付けてかいさーん!!」
「くれぐれもお気を付けて下さいねー!!」
幹事であろう女性が声を張り上げれば、がやがやとした声が広がっていく。
多くの部署が集まっているせいか――本当に人が多い。
店の外に出る人の波が凄まじい。
だが今は、これが幸いしたかもな。
「チーフ――こっち来てください」
「――!は、花月君?」
「実は出口もう一つあるんですよここ。こっちです――」
人混みに飲まれていく係長。その後ろにいたチーフに声を掛けた。
このままじゃ、アイツと近い状態で店に出てしまうからな。
そうなれば終わりだ。
そそくさと俺達は、するっと出口から出て行った。
「……凄いわね、全く気付かなかったわ……」
「はは、自分がもしチーフと同じ状況になったらと思って調べてたんですよ」
「ふふっ、そっか」
「じゃ――アイツが出てくる前に二次会のところまで行ってください」
俺の役目は終わりだ。
ちょっとでも役に立てたのなら――
「……わー、私ぃ、ニシキ君と飲みたいな~なんちゃって」
「えっ何か約束してたんじゃないですか?」
「ふふっ、あんなのウソ!あんなの相手したくないからウソついちゃった♪」
……見れば、笑うチーフの顔は珍しく紅い。
彼女も結構飲んでるみたいだな……。
早いペースで上司の酌に付き合っていたみたいだし。
でもそれなら――丁度良かったかもしれない。
どうせ今日渡すつもりだったんだが、係長のせいで無理だったからな。
「……じゃ、お言葉に甘えて行きましょうか」
「うんー!レッツゴー!!」
「ははは」
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